2012年思想・芸術部門思想・倫理
ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク 写真

ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク
(Gayatri Chakravorty Spivak)

  • インド / 1942年2月24日
  • 文芸批評家・教育家
  • コロンビア大学 ユニバーシティ・プロフェッサー

知的植民地主義に抗う、開かれた人文学の提唱と実践

「脱構築」理論を政治・社会的な次元へと移し換え、グローバリゼーションの席巻する現代世界において再生産されつつある知的植民地主義に抵抗してきた。比較文学をベースとする独自の人文学の提唱と多面にわたる教育支援の活動は、現代知識人のあるべき姿を示している。

プロフィール

略歴

1942年
インド コルカタ(カルカッタ)生まれ
1959年
カルカッタ大学 学士号(英文学)
1962年
コーネル大学 修士号(英文学)
1966年
アイオワ大学 助教授
1967年
コーネル大学 博士号(比較文学)
1970年
アイオワ大学 准教授
1975年
アイオワ大学 教授
1978年
テキサス大学オースティン校 教授
1984年
エモリー大学 ロングストリート教授
1986年
ピッツバーグ大学 アンドリュー・W・メロン教授
1991年
コロンビア大学 教授
1993年
コロンビア大学 アヴァロン財団人文学教授
2007年
コロンビア大学 ユニバーシティ・プロフェッサー

主な受賞と栄誉

主な論文・著書

1976年

Translator’s Preface, in Jacques Derrida, Of Grammatology (English translation), The Johns Hopkins University Press, 1976.(『デリダ論――「グラマトロジーについて」英訳版序文』 田尻芳樹訳 平凡社 2005)

1987年

In Other Worlds: Essays in Cultural Politics, Methuen, 1987.(『文化としての他者』   鈴木聡・大野雅子・鵜飼信光・片岡信訳 紀伊國屋書店 1990)

1988年

Can the Subaltern Speak?, in Marxism and the Interpretation of Culture, Nelson, C. and Grossberg, L. (eds.), University of Illinois Press, pp. 271-313, 1988.(『サバルタンは語ることができるか』 上村忠男訳 みすず書房 1998)

1999年

A Critique of Postcolonial Reason: Toward a History of the Vanishing Present, Harvard University Press, 1999.(『ポストコロニアル理性批判――消え去りゆく現在の歴史のために』 上村忠男・本橋哲也訳 月曜社 2003)

2003年

Death of a Discipline, Columbia University Press, 2003.(『ある学問の死――惑星思考の比較文学へ』 上村忠男・鈴木聡訳 みすず書房 2004)

2010年

Nationalism and the Imagination, Seagull Books, 2010.(『ナショナリズムと想像力』 鈴木英明訳 青土社 2011)

2012年

An Aesthetic Education in the Era of Globalization, Harvard University Press, 2012.

 

贈賞理由

知的植民地主義に抗う、開かれた人文学の提唱と実践

ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク教授は、グローバリゼーションの席巻する現代世界において、新たに再生産されつつある知的な植民地主義、つまり地域、階層、民族、宗教、世代、ジェンダーなどの要因が複雑に絡みあう「知」と「権力」の見えない共犯関係に深いメスを入れ、その圧力に強く抵抗してきたインド系知識人である。教授は「脱構築」という言語中心的な批評理論を政治・経済・文化的な次元へと移し換え、歴史学、政治学、フェミニズムなどにも影響を与えながら、文化理論を核とする独自の人文学の構想を提示してきた。

とりわけ、「サバルタン」、つまり「みずから語る」ことの不可能な場所へ追いやられた人びとを論じた著作『サバルタンは語ることができるか』は、教授の仕事において中心的な位置を占める。そこで教授は、歴史的に沈黙させられ、周縁化されてきたこの弱者の「声なき声」に深く耳を傾けるとともに、その声を知識人たちが「代弁」する過程で形成される新たなアイデンティティの物語と、そこに否応もなく生じる抑圧の構造にも鋭く警鐘を鳴らしている。それを端的に表現した “unlearn” 、つまり「学び知ったものを忘れ去ってみる」という考え方によって、みずからの特権的位置をあえて突き崩していくことで「知」と「権力」の共犯関係から離脱していこうとする教授の開かれた姿勢は、グローバリゼーションを推し進める政治・経済・文化が、国民国家の枠組みを超えるどころか、逆に新たな植民地主義として機能していることを厳しく批判する「ポストコロニアリズム」の展開に大きな影響を与えてきた。教授は、この新たな植民地主義に抗いうるのは、ナショナリズムの閉じた想像力ではなく、言語に深く規定された諸文化のその複数性のなかで起動するトランスナショナルな想像力であるとし、みずから他言語に深く関わりつつ、文学や歴史のテクストを地政学的に、さらにはまた世界経済のコンテクストとの内的な連関において読み解いていく人文学を実践してきた。そのことを通して、教授は、比較文学をはじめとする人文学の領域に、現代の国際政治状況を批判する大きな力があることを示したのである。

教授の思想の背後には、講壇を出て学問を社会的な実践へとつないでいく空間をみずから切り拓いていく、学者・教育者としての生き方がある。インド国籍のまま、アメリカで教鞭をとり、また世界各地での対話や集会に出向く一方で、故郷西ベンガルを定期的に訪れ、インドとバングラディシュの農村での識字教育や現地文学の翻訳に努めている。見えない抑圧の網の目のなかで言葉と歴史とを奪われてきたマイノリティに対し、深い倫理的な応答責任を果たそうとする教授の社会的な実践には、世界各地の言論人・運動家から大きな共感と尊敬が寄せられている。

以上の理由によって、ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク教授に思想・芸術部門における第28回(2012)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

いくつもの声

私は、幸いにして現在の姿にしてくれた教育に感謝せずにはいられません。両親は、他人のことを考えるように私を躾け、育ててくれました。男女の違いについて敏感であるのも両親のおかげです。私は初期のラーマクリシュナ運動の影響を受けましたが、これも両親のおかげです。その運動は階級、民族、宗教などによる派閥主義的な偏狭頑固な考え方に革命をもたらすものでした。このような運動がもたらした革命は、今日では、子供たちへの徹底した教育がなされていないためにほとんど忘れ去られています。私たちは、他の「発展途上の」国々と同様に、倫理的反射に必要な心の筋肉を鍛えるという欲求を失ってしまったわけです。私が受けた初等教育や両親の示した手本によって、私という人間の形成は母語であるベンガル語、支配言語の英語、そして北インドの古典語であるサンスクリット語を通じて行われました。小学校から大学までの恩師やニューヨーク・ヴェーダーンタ協会の僧からは、豊かな精神性を授かりましたし、マルクス、デュボイス、グラムシは、私に社会的正義について考えることを教えてくれました。そして、ジャック・デリダの著作との偶然の出会いによって、これらの要素を哲学的な形にまで高めることができました。1986年に、私は底辺から学ぶ準備ができたことを認識し、バングラデシュで農村地域教育とPHC(プライマリ・ヘルス・ケア)の活動を始めました。また、友人の詩人を通して、フォキル・ラロン・シャハの信奉者たちが唱える壮大な対抗神学的な考え方に深く親しむようになりました。家事使用人だった読み書きのできない子供たちに「教える」という私の子供時代の習慣が地方の活動家からの要請で呼び覚まされて、学校も数校開設しました。年月を重ねるにつれて、コロンビア大学と西ベンガル州ビールブーム県という両極端での教育活動に違いはなくなりました。私の課題とは、民主主義の直感的な実践に関し、その教育に誤りがあったことから教訓を引き出すことです。そのような実践には自主自律と他人の権利のせめぎあいがつきものだからです。高い目標としては、知識人における自律的な批判の習慣が、基本的な市民的自由権、すなわち言論の自由の存在によって生み出されることです。つまり、それは建設的な自律的批判精神を通じて言論の自由を規制する民主主義です。身近なところでは、たった1人の学生であっても、全方向からの抑圧に対抗して正当化された自己利益や単なるリーダーシップとは全く異なる民主的判断のようなものを発揮するだろうという希望です。京都賞受賞者としての私がなすべき努力は詩人のアドリエンヌ・リッチの言葉の中にあります。「私たち自身の内に存在する聴くべき声を呼び起こすこと。」

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

翻訳という営みと言葉のあいだ―21世紀世界における人文学の可能性

What Words Can Tell Us Through Translation: The Future of the Humanities

日時
2012年11月12日(月)13:00~17:00
場所
国立京都国際会館
企画・司会
井野瀬 久美惠[(専門委員会 委員)甲南大学 文学部 学部長]
主催
公益財団法人 稲盛財団
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
日本哲学会、日本文化人類学会

プログラム

13:00
開会挨拶 鷲田 清一[(審査委員会 委員長)大谷大学 文学部 教授]
受賞者紹介 井野瀬 久美惠
受賞者講演 ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク
「翻訳という問題をめぐる断片的思索」
講演 真島 一郎[東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 准教授]
「〈力〉の翻訳―人類学と日本初期社会主義」
講演 稲賀 繁美[国際日本文化研究センター・総合研究大学院大学 教授]
「翻訳の政治学と全球化への抵抗:覇権志向から脱却した「海賊」史観による美術史をめざして」
パネル討論
司会 井野瀬 久美惠
パネリスト ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク
真島 一郎
稲賀 繁美
17:00
閉会
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