2000年基礎科学部門生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)
ヴァルター・ヤコブ・ゲーリング 写真

ヴァルター・ヤコブ・ゲーリング
(Walter Jakob Gehring)

  • スイス / 1939年-2014年
  • 発生生物学者
  • バーゼル大学 教授

生物の発生機構における種間共通性の発見

ショウジョウバエを使った生物の発生過程の研究により、ホメオボックスおよびその種間共通性を発見し、生物の形態形成の基本的な理解に画期的な貢献をするとともに、今日の生物学の進展に大きく寄与した。

プロフィール

略歴

1939年
スイス、チューリッヒに生まれる
1963年
チューリッヒ大学、動物学卒業
1963年
チューリッヒ大学助手
1965年
博士号取得、チューリッヒ大学
1967年
エール大学(米国)研究員、同大学コンピュータ研究所所長
1969年
エール大学解剖学および分子生物物理学 助教授
1972年
バーゼル大学細胞生物学 教授

主な受賞と栄誉

1982年
オットー賞
1986年
ワーレン・ツリンニール賞(ハーバード医学校)
1986年
アルバート・ワンダー賞
1995年
ランストロームメダル(ストックホルム)
1997年
ダイムス・マーチ賞(発生生物学、ニューヨーク)
会員
全米科学アカデミー、米国芸術科学アカデミー、スウェーデン王立科学アカデミー、フランス科学アカデミー各会員、英国王立協会外国人会員

主な論文

1967年

Clonal analysis of determination dynamics in cultures of imaginal discs in Drosophila melanogaster. Develop. Biol. 16, 1967

1984年

A homologous protein-coding sequence in Drosophila homeotic genes and its conservation in other metazoans. (with Garber, R. L. and others) Cell 37, 1984

 

1985年

Homeotic genes, the homeobox, and the genetic control of development. Cold Spring Harb. Symp. Quant. Biol. 50, 1985

1987年

Homeoboxes in the study of development. Science 236, 1987

1994年

Homology of the eyeless gene in Drosophila to the Small eye gene in mice and Aniridia in humans. (with Walldorf, U. and others) Science 265, 1994

1995年

Introduction of ectopic eyes by targeted expression of the eyeless gene in Drosophila. (with Georg, H. and others) Science 267, 1995

贈賞理由

生物の発生機構における種間共通性の発見

ゲーリング教授は、ショウジョウバエなどの生物発生過程の研究を通して、生物の形態形成に共通する基本的な原則の理解に画期的な業績を上げ、生命科学の進展に大きく貢献した。

教授は、生物の形態形成における遺伝子の働きについて、従来から多くの示唆を与えていたショウジョウバエの遺伝学的な実験に、早くから分子生物学的手法を導入した。1983年ショウジョウバエの体節の特徴を決めるうえで鍵を握るホメオティック遺伝子の1つ、アンテナペディア遺伝子をクローニングし、その構造を明らかにした。しかも、この遺伝子には、他のホメオティック遺伝子と共通の塩基配列部分があることを見い出し、ホメオボックスと名付けた。この部分はショウジョウバエが将来、頭部、脚部、羽根部、胴部などになる体節において、それぞれの運命を決めるいわば司令塔となっている。さらに重要なことに、このホメオボックスが、下等な生物からヒトに至るまで様々な生物に存在し、体節特異性の決定は種を越えた共通の仕組みで調節されていることを明らかにした。この業績は、からだの構築という最も複雑な生命現象を制御する遺伝情報の仕組みを理解するための重要な概念となり、発生学のみならず広く生物学全体に大きな衝撃を与えた。また、教授はホメオボックスを持つ遺伝子が発生過程で果たす役割を解析し、ホメオボックスの指令するホメオドメインと呼ばれるタンパク質が DNA と結合する分子機構の研究を進め、形態形成を支配する遺伝子の発現を制御する機構を解明した。一例として、ショウジョウバエの眼を正常とは異なった場所で形成させる実験や、マウスの Small eye という眼の遺伝子をショウジョウバエで発現させる実験などから、眼という器官の形成の最初の指令を出すマスター遺伝子の実体を初めて明らかにした。これらの実験から、生物には眼を形成するための共通したマスター遺伝子が存在し、眼の形成は脊椎動物、無脊椎動物にかかわらず、その遺伝子の指令に基づいて行われることを発見した。このことから、教授は、発生の制御を行う遺伝子は長い進化の間も保存され、その制御は種を越えた共通性の高い機構で行われていることを明確に示した。これらの分子レベルでの研究は、現在では、生物界における形態の多様性や進化を研究しようとする Evolutionary Developmental Biology(進化発生学)へと発展しており、発生学の新たな分野の展開につながっている。

このように教授は、発生・遺伝の分野のみならず、種の進化や生物の系統・多様性を根元的に理解するための道を拓き、生命・生物の基本的理解に大きな貢献をしている。

よって、ゲーリング教授に基礎科学部門における2000年京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

ある生物学者の旅

今回の記念講演では、私個人の自分史、哲学、人生観などについてお話をさせていただきます。西暦1084年にまで溯るゲーリング家の歴史から始めて、スイス北部ライン川流域の美しい村落、リュードリンゲンで農業を営んでいた祖父の話を簡単にします。私の父、ヤコブ・ゲーリングも1903年にこの村で生まれました。父はチューリッヒでエンジニアリングを学んだ後、フランスに移住し、そこでアルザス人で、私の母となる女性と出会います。私は第二次世界大戦開戦直後の1939年、チューリッヒで生まれ、2人の姉妹と兄弟のような存在だったいとこに囲まれて幸せな子供時代を過ごしました。小学校では、その後の私の人生に大きな影響を与えることになる、素晴らしい先生との出会いに恵まれました。ギムナジウム(高校)では生徒同士の激しい競争に揉まれて、知性を磨くことができました。少年時代、私は蝶の変態を見て生物学に興味を持ちました。チューリッヒ大学では、当時最先端を走っていた発生生物学者、エルンスト・ハドーン教授に師事して動物学を学びました。その後、米国にあるエール大学のアラン・ガレン教授の研究室に移って分子生物学を学びました。1964年にはエリーザベト・ロットという女性と結婚し、長男のシュテファンがチューリッヒで、次男のトーマスがニューヘブンで生まれました。1969年、エール大学で自分の研究室をもらい、エリック・ヴィーシャウスという大学院生と2人で研究を始めました。1972年、家族と一緒にスイスに戻り、バーゼル大学ビオツェントルム(バイオセンター)の教授に就任しました。研究テーマとしては、主にショウジョウバエとその発生における遺伝子的制御に取り組み、共同研究者と共にホメオボックスを発見して、目の発生、進化をつかさどるすべての生物に共通したマスター制御遺伝子の特定に成功しました。講演では、私の研究活動を支えるモチベーションと哲学、さらに科学的な発見がどのようになされるのかについてもお話しします。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

進化発生学を目指して: 分子から生命の多様性を探る

Challenge to Evolutionary Development Biology: Exploring of Life through Molecules

日時
2000年11月12日(日)13:10
場所
国立京都国際会館
企画・司会
西川 伸一 専門委員会委員長、京都大学大学院医学研究科教授
主催
財団法人 稲盛財団
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
日本発生生物学会、日本分子生物学会

プログラム

13:10
開会 西川 伸一
挨拶 稲盛 豊実 稲盛財団常務理事
受賞者紹介 竹市 雅俊 審査委員会委員、京都大学大学院生命科学研究科教授
受賞者講演 ヴァルター・ヤコブ・ゲーリング 基礎科学部門 受賞者
「目の発生と進化をつかさどるマスター制御遺伝子の研究」
休憩
講演 相沢 慎一 熊本大学発生医学研究センター教授
「脊椎動物における頭部形成」
質疑応答
講演 笹井 芳樹 京都大学再生医科学研究所教授
「背腹軸の逆転と中枢神経系の起源について」
質疑応答
講演 七田 芳則 京都大学大学院理学研究科教授
「視覚光受容体の機能多様性」

質疑応答
講演 長谷部 光泰 基礎生物学研究所教授、科学技術振興事業団さきがけ研究21
「花形成遺伝子の起源と進化」
質疑応答
17:25
閉会 西川 伸一
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