分子生物学の黎明期に多方面にわたる活発な研究を展開し、今日の遺伝子工学の基礎となる重要な発見として、メッセンジャーRNAの存在を証明し、また遺伝子暗号、特に終結暗号を解明するとともに、線虫類の実験系を開発して、細胞分裂のタイミングと位置が遺伝的に完全にプログラムされていることを明らかにするなど、分子生物学の確立・発展に先駆的貢献をした。
[受賞当時の対象分野: バイオテクノロジー(遺伝子、細胞・発生・癌、生体機能など)]
『遺伝子から、リボゾームでの蛋白合成への情報を伝達する不安定な中間体について』 Nature 190巻(F. Jacob他 共著)
『蛋白の遺伝暗号の一般的性質』Nature 192巻(F. H. C. Crick他 共著)
『遺伝暗号:終止暗号とそのサプレッション』Nature 206巻(Q. O. W. Stretton他 共著)
『C. elegansのDNA』Genetics 77巻(J. E Sulston共著)
『C. elegansにおける触覚の神経回路網』J. Neurosci. 5巻(M. Chalfie他 共著)
ブレンナー博士は、1960年前後の分子生物学の黎明期に多方面にわたる活発な研究を展開したが、特にDNAの遺伝情報が蛋白の構造へ伝達される中間にメッセンジャーRNAが存在することを証明した業績は有名である。また、アミノ酸と遺伝暗号の関係について研究し、DNAあるいはRNAの3つのヌクレオチド(トリプレット)によって、ひとつのアミノ酸の情報が写し取られることを主張した。さらに、そのようなトリプレットの中のある組み合わせ、たとえばウラシル、アデニン、グアニンという組み合わせは、そこで読み取りが終わるナンセンス・コドンと呼ばれる終止を示す暗号であることを明らかにした。これらの研究業績は、今日の分子生物学、ひいては遺伝子工学の基礎をなすもので、その貢献は国際的にも高い評価を受けている。
その後ブレンナー博士は、多細胞生物における遺伝情報と発生、分化の過程を調べるモデルとして、構成細胞数が少なく、遺伝解析、生化学分析の容易な線虫(C.elegans)の実験系を開発した。この研究では線虫の発生・分化過程を細胞レベルで完全に記述し、細胞分裂のタイミングと位置が遺伝学的に完全にプログラムされていることを明らかにする一方、大部分のDNAをクローニングすることにも成功した。
現在、ブレンナー博士の先導的研究に刺激されて、国際的に多くの研究室が相互に連帯しつつ、C.elegansの解剖学、遺伝学、発生学、行動などについて活発な研究を総合的に進展させている。
このように、ブレンナー博士は卓越した識見と不断の努力で分子生物学の新しい研究分野を創造し、今日の遺伝子工学の基礎を作るうえに多大な貢献をするとともに、長期にわたって世界の指導者としてのこの分野の発展に大きい役割を果たされたので、京都賞先端技術部門で受賞するに最もふさわしいといえる。
遺伝学とは、生物の設計プランを研究する学問であり、ある生物を特定化する遺伝情報が、世代から世代へと、どの様にして伝達されていくのか、また、遺伝子がどの様にして新たな生命体を造り上げていくのかを解明しようとすることである。
この分野は、生物学の中でも中心的な役割を担っている。なぜなら、生物体系が他のあらゆるものと異なる理由がここにあるからである。
私は今までに多くの遺伝子に関する興味深い研究に携わってきたが、私の初期のバクテリオファージに関する興味深い研究ほど、心を躍らされたものはない。この時期に関しては、既に多くの人々によって語られてきたが、私は、単なる科学的な内容の説明にとどまらず、より幅広く話をするようにという稲盛理事長の希望に沿うよう努めたい。
これは歴史の話であり、それもかなりせまい範囲の歴史である。なぜなら、そのほとんどが、私の科学上の仕事と人生についてのものだからである。過去について多くを語ろうと思い、また、現在についてもいくらか話したい。そして、未来についても少し触れようと思っている。