Masatoshi Nei

第29回(2013)受賞

基礎科学部門

生物科学(進化・行動・生態・環境)

根井 正利

/  進化生物学者

1931 - 2023

ペンシルベニア州立大学 教授

記念講演会

進化生物学の理論と現実

2013年

11 /11

会場:国立京都国際会館

ワークショップ

分子集団遺伝学から比較ゲノム学へ

2013年

11 /12

13:00~16:50

会場:国立京都国際会館

業績ダイジェスト

遺伝的変異と進化時間の定量的解析を取り入れた生物集団の進化に関する研究

遺伝的距離など様々な統計的手法を考案し、それらを分子レベルのデータに応用することによって、進化現象を理解する上で重要な進化的分化や遺伝的多様性、遺伝子に働く淘汰様式などの定量的な議論を可能にし、分子進化生物学の発展に大きな貢献をした。これらの手法は、進化生物学のみならず、生態学や保全生物学など多くの学問分野にも寄与している。

贈賞理由

根井正利博士は、蛋白質やDNA塩基配列の変異のデータを解析するさまざまな統計的手法を開発し、進化生物学を分子データにもとづいた厳密な科学とする上で大きく貢献した。進化は、生物集団において突然変異が出現し、広がり、もとのものと置換することが多数繰り返されることで生じる。根井博士の開発した解析手法により、遺伝変異と進化時間の定量的な理解が可能になり、単細胞生物から人類にいたる広範な進化現象を実証的に理解できるようになった。

まず根井博士は、生物集団における対立遺伝子やアロザイムの頻度に関して、集団間での違いを定量化する「根井の遺伝的距離」を提唱した。遺伝的距離を用いることで、集団間の遺伝子構成の違いから、それらの間の移住率や、生物集団や種がいつ分化したかを議論することが可能になった。たとえば、アフリカ、アジア、ヨーロッパの人類集団の分岐時間をいち早く推定するなど、進化生物学上重要な課題の解決に寄与した。その発展として、統計量GST(遺伝子分化係数)や塩基多様度等を次々と考案し、生物集団の進化的分化や遺伝的多様性の測定の精緻化に貢献した。

第二に、根井博士は、遺伝子間の系統関係を扱う多数の手法を展開した。特に博士らが開発した分子系統樹作成のための「近隣結合法」は、多数の分類群を含む系統樹を効率よく扱えるため、長年にわたって幅広く用いられた。博士が、種の系統関係と遺伝子の系統関係との理論的背景を明らかにしたことも大きな業績である。その手法は、ヒト・チンパンジー・ゴリラに代表されるような近縁な生物種間の系統関係を遺伝子の系統関係から導く理論として現在も頻繁に利用されている。

第三に、DNAの塩基置換速度をアミノ酸置換を起こすものと起こさないものに分けて測定する手法を、根井博士は使用しやすくすることで格段に普及させ、それらの速度の違いから分子レベルの進化機構が解明できることを示した。この手法のもっとも顕著な適用例としては、MHC遺伝子群において変異を保つような正の自然淘汰が働いているとの以前からの推測を、根井博士が遺伝子レベルで実証したことである。

このように根井博士が開発した様々な解析手法は、進化生物学のみならず、保全生物学、生態学等の学問分野の発展にも幅広く貢献してきた。

また根井博士は、引用頻度の高い教科書を複数出版し、国際学会の創設やその学会誌の発刊に尽力するなど、若い学生の教育や進化生物学の啓蒙にも大きく寄与した。

以上の理由によって、根井正利博士に基礎科学部門における第29回(2013)京都賞を贈呈する。

プロフィール

略歴
1931年
宮崎県宮崎市生まれ
1953年
宮崎大学 農学部 卒業
1959年
京都大学 農学博士
1958年
京都大学 農学部 助手
1962年
放射線医学総合研究所 研究員
1965年
放射線医学総合研究所 集団遺伝学研究室 室長
1969年
ブラウン大学 准教授
1971年
ブラウン大学 教授
1972年
テキサス大学ヒューストン校 教授
1990年
ペンシルベニア州立大学 分子進化遺伝学研究所 所長
1990年
ペンシルベニア州立大学 教授
主な受賞・栄誉
1990年
木原賞、日本遺伝学会
2002年
国際生物学賞、日本学術振興会
2006年
トーマス・ハント・モーガン・メダル、米国遺伝学会
会員
米国芸術科学アカデミー、米国科学アカデミー
主な論文
1972年
Genetic Distance Between Populations, American Naturalist 106: 283-292, 1972.
1974年
Genic Variation Within and Between the Three Major Races of Man, Caucasoids, Negroids, and Mongoloids (with Roychoudhury, A. K.), American Journal of Human Genetics 26: 421-443, 1974.
1987年
The Neighbor-Joining Method: a New Method for Reconstructing Phylogenetic Trees (Saitou, N and Nei, M), Molecular Biology and Evolution 4:406-425, 1987.
1988年
Pattern of Nucleotide Substitution at Major Histocompatibility Complex Class I Loci Reveals Overdominant Selection (Hughes, A. L. and Nei, M.), Nature 335:167-170, 1988.
1997年
Evolution by the Birth-and-Death Process in Multigene Families of the Vertebrate Immune System (with Gu, X. and Sitnikova, T.), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94:7799-7806, 1997.
2007年
The New Mutation Theory of Phenotypic Evolution, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104:12235-12242, 2007.
2013年
Mutation-Driven Evolution, Oxford University Press, 2013.

プロフィールは受賞時のものです

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