2008年基礎科学部門生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)
アンソニー・ジェームス・ポーソン 写真

アンソニー・ジェームス・ポーソン
(Anthony James Pawson)

  • カナダ、イギリス / 1952年-2013年
  • 分子生物学者
  • マウントサイナイ病院サミュエル・ルネンフェルド研究所 特別上級研究員、トロント大学 ユニバーシティ・プロフェッサー

シグナル伝達機構におけるアダプター概念の提唱と実証

シグナルタンパク質に特徴的なアダプター構造が存在し、アダプターを介したタンパク質の会合が細胞内シグナルの連鎖カスケードを誘導し細胞の増殖や分化を制御するという概念を提唱し実証した。この概念は、シグナル伝達の基本的なパラダイムの一つとして、生命科学の発展に極めて大きな貢献を果たしている。

プロフィール

略歴

1952年
イギリス メイドストーン市生まれ
1976年
ロンドン大学 博士号(分子生物学)
1976年
カリフォルニア大学バークレー校 博士研究員
1981年
ブリティッシュ・コロンビア大学 理学部 微生物学科 助教授
1985年
マウントサイナイ病院 サミュエル・ルネンフェルド研究所 上級研究員
1985年
トロント大学 医学部 遺伝医学・微生物学科 准教授
1989年
トロント大学 医学部 遺伝医学・微生物学科(現分子遺伝学科) 教授
1998年
トロント大学 ユニバーシティ・プロフェッサー
2000年
マウントサイナイ病院 サミュエル・ルネンフェルド研究所 所長
2006年
マウントサイナイ病院 サミュエル・ルネンフェルド研究所 特別上級研究員

主な受賞と栄誉

1994年
ガードナー国際賞、ガードナー財団
2000年
カナダ勲章(オフィサー)
2005年
ウルフ賞医学部門、ウルフ財団
2005年
ロイヤルメダル、ロンドン王立協会
2006年
英国名誉勲位
会員:
ロンドン王立協会、カナダ王立協会、米国科学アカデミー、米国芸術科学アカデミー

主な論文

1984年

Identification of functional regions in the transforming protein of Fujinami sarcoma virus by in-phase insertion mutagenesis (Stone, J. C., Atkinson, T., Smith, M. E. and Pawson, T.). Cell 37: 549-558, 1984.

1986年

A noncatalytic domain conserved among cytoplasmic protein-tyrosine kinases modifies the kinase function and transforming activity of Fujinami sarcoma virus P130gag-fps (Sadowski, I., Stone, J. C. and Pawson, T.). Molecular Cellular Biology 6: 4396-4408, 1986.

1990年

Binding of SH2 domains of phospholipase Cγ1, GAP and Src to activated growth factor receptors (Anderson, D., Koch, C. A., Grey, L., Ellis, C., Moran, M. F. and Pawson, T.). Science 250: 979-982, 1990.

1990年

Src homology region 2 domains direct protein-protein interactions in signal transduction (Moran, M., Koch, C. A., Anderson, D., Ellis, L., England, L., Martin, G. S. and Pawson, T.). Proceeding National Academy of Sciences, U.S.A. 87: 8622-8626, 1990.

贈賞理由

シグナル伝達機構におけるアダプター概念の提唱と実証

アンソニー・ジェームス・ポーソン博士は細胞内シグナルを伝達する新しい機構を見出し、細胞の増殖と分化を制御する重要な分子的基盤を明らかにした。1970年代後半、癌遺伝子産物や増殖因子受容体の自己リン酸化がチロシンリン酸化であることが明らかにされた。しかしチロシンリン酸化による細胞内シグナル伝達の機構は不明であった。ポーソン博士は細胞内シグナルタンパク質にSrc homology 2(SH2)と自らが命名した特徴的なモジュール構造を持つドメインがあり、このドメインが他の分子のリン酸化チロシンとその周辺のアミノ酸配列を認識、結合することによってそれ以降の細胞内シグナルの連鎖カスケードを誘導し、細胞の増殖や分化を促進することを明らかにした。

ポーソン博士は癌遺伝子産物中の触媒ドメイン(チロシンリン酸化酵素)以外の領域も細胞の癌化に必要であるという知見を発展させ、種々の癌遺伝子産物やシグナルタンパク質にSH2と命名した約100アミノ酸残基からなる共通の配列が存在することを見出し、SH2ドメインがチロシンリン酸化酵素とその基質間の相互作用を介在することを明らかにした。ポーソン博士はSH2ドメインが細胞膜や細胞骨格タンパク質との結合を媒介するアダプターとして働くという概念を提唱し、実際にRasGAPシグナルタンパク質のチロシン残基がリン酸化されると、それによって結合してくるタンパク質が存在することを明らかにした。さらに試験管内で種々のSH2ドメインがチロシンリン酸化されたタンパク質と直接結合することを実証した。また種々のSH2ドメインとタンパク質の結合強度が異なることを示し、個々のSH2ドメインが特異性を持ってチロシンリン酸化タンパク質と結合して特徴ある細胞内シグナルの連鎖カスケードを誘導することを明らかにした。以上の成果はアダプターがカセットのように働きタンパク質とタンパク質の会合を連鎖することで、細胞の増殖と分化を制御し、癌化のように細胞に大きな変化をもたらすシグナル伝達の仕組みの根幹として働いていることを示したものである。従って、ポーソン博士のアダプター概念の提唱とその実証はシグナル伝達の基本的なパラダイムの発見の一つとして、その後の生命科学の発展に極めて大きな貢献を果たしているものである。

以上の理由によって、アンソニー・ジェームス・ポーソン博士に基礎科学部門における第24回(2008)京都賞を贈呈する。

【関連情報】
(PDF)
記念講演

記念講演要旨

生命のメカニズムについて

子供の頃から私は、科学的手法を用いることによって生き物のメカニズムが解明できるという考えに強く惹かれてきました。そして、一人の生物の先生の説得力ある言葉によって、この考えが現実に可能なことなのだと感動した時のことは今でもはっきりと覚えています。人は皆、一つの細胞として生を受けるわけですから、まさに細胞は生命の基本単位と考えることができます。細胞がどのように働き、どのように進化して複雑化するのか、どのように他の細胞と連携して脳をはじめとする構造体を作るのか、そして癌などの病気に罹患した時は細胞機構の何がおかしくなるのか-こうした疑問の解明に、私は常に情熱を燃やしてきました。私が学校で初めて好きになった教科は、ラテン語やギリシャ語などの古典語でしたが、おもしろいことに、細胞挙動をつかさどるタンパク質に関する我々の研究によって、「分子言語」とも言うべきものが存在し、細胞間のコミュニケーションに用いられることが明らかになりました。タンパク質はDNAに潜在する指示を実行する機能分子で、細胞や組織の組成および挙動を制御します。また、タンパク質はほとんどの治療薬剤の標的であり、タンパク質の機能異常は病気を引き起こします。タンパク質は子供が遊ぶ積み木のような小さな塊で構成されていること、そしてその多くがタンパク質同士を繋ぐ役目を果たしていることがこれまでに分かっています。こうして構築された細胞内コミュニケーションネットワークを介して、隣の細胞との間で信号のやり取りが行われています。

生命の分子的基盤に関する理解は驚くほどの速さで進んできたため、我々は人間の生理機能や疾病についてすでに深い知識を獲得したと考えがちです。しかし私は、個々の細胞の働きや生命のメカニズムについて、まだまだわからないことが多くあると考えています。生物学の楽しさと感動は、今まさに始まりつつあります。人間はどこからきたのか、そして地球上のかくも多種多様な生物種とどのように繋がっているのかを解明することが、私たち人類にとって何よりも大切なことであると私は考えています。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

シグナルネットワークと生命機能

Signal Network in Biological Functions

日時
平成20年11月12日(水) 13:00~17:00
場所
国立京都国際会館
企画
中西 重忠[財団法人大阪バイオサイエンス研究所 所長(基礎科学部門 審査委員会 委員長)]
企画・司会
貝淵 弘三[名古屋大学 大学院医学系研究科 教授(基礎科学部門 専門委員会 委員)]
主催
財団法人 稲盛財団
後援
京都府 京都市 NHK
協賛
日本癌学会 日本細胞生物学会 日本神経科学学会

プログラム

13:00
開会挨拶 中西 重忠
受賞者紹介 貝淵 弘三
受賞者講演 アンソニー・ジェームス・ポーソン[基礎科学部門 受賞者]
「SH2ドメイン、アダプター、チロシンキナーゼ:バック・トゥ・ザ・フューチャー」
講演 堺 隆一[国立がんセンター研究所 細胞増殖因子研究部 部長]
「腫瘍進展におけるチロシンリン酸化分子群の役割」
休憩  
講演 松田 道行[京都大学 大学院生命科学研究科 教授]
「増殖シグナルネットワークの生細胞イメージング」
講演 貝淵 弘三
「細胞極性を制御するシグナル」
講演 審良 静男[大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 拠点長(基礎科学部門 専門委員会 委員)]
「病原体認識:受容体とシグナル」
17:00
閉会
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