Elliott H. Lieb

第38回(2023)受賞

基礎科学部門

数理科学(純粋数学を含む)

エリオット・H・リーブ

/  数学者・物理学者

1932 -

プリンストン大学 名誉教授

記念講演会

物理学と数学の世界を歩んだ人生

2023年

11 /11

13:00〜16:00

会場:国立京都国際会館

定員:1,500人(先着順)

入場無料

業績ダイジェスト

多体系の物理学をベースにした、物理学・化学・量子情報科学における先駆的な数学的研究

量子物理学を中心とした数多くの業績を通して、物理学、化学、量子情報科学など広範な分野における数理的な研究の基盤を確立し、さらに、数学の解析学の分野でも大きな貢献をした。現代の数理科学における巨人の一人である。

贈賞理由

エリオット・H・リーブは、主に多体系の物理学における業績を通して、物理学、化学、量子情報科学における数理的な研究の基盤を確立し、数学の解析学の発展にも大きく貢献した。現代科学においてこれほど広範かつ基礎的な貢献をした研究者は稀有であろう。

この世界の多くの現象は量子力学によって理解可能となる。リーブの研究の一つの中心は、量子多体系、すなわち、量子力学に従う数多くの要素からなる系の数学的に厳密な解析である。多くの要素からなる系は、多彩な振る舞いを示し、実り多い数理的な研究の土壌となっている。

私たちの身の回りの物質は数多くの原子核と電子の集まりである。しかし、これら無数の極微の粒子が互いに引き合って「潰れて」しまわず安定な物質として存在することは実は自明ではなく、多体系の量子力学を駆使して初めて理解される。リーブは長年にわたり「物質の安定性」の問題を研究し、深く豊かな理論を創り上げた(1)。この研究は、リーブ-ティリング不等式と呼ばれる解析学の成果にもつながる(2)。これ以外にもリーブは解析学での多くの不等式を証明、改良しており(3, 4, 5)、純粋数学の観点からも高く評価されている。

リーブの量子多体系における研究には、量子化学計算において重要な密度汎関数法の数学的な基礎付け(6)、磁性相互作用の起源の解明、量子スピン系でのさまざまな基本的な結果の証明と解析手法の確立、「量子物質のトポロジカル相」の雛形を与えたAKLTスピン模型の提唱、多体ボース系の基底状態の解析など、枚挙にいとまがない。

リーブの量子系での研究成果は、量子コンピュータや量子暗号など次世代技術の基盤となる量子情報理論とも深く関わっている。中でも、リーブが純粋に数学的な興味から証明した量子エントロピーの強劣加法性(7)は、長い年月の後に量子情報理論の基礎となり、現在、この分野の教科書に必ず登場する。

物質の示す相転移や熱力学的性質を解明する統計力学の分野でもリーブの貢献は本質的である。氷を模した2次元モデルの厳密解(8)は、統計力学における可解模型の初期の代表例となり、また、残留エントロピーを持つ物質の理論研究の規範となった。この成果は、驚くべきことに、純粋数学における低次元多様体論にも影響を与えた。

以上の理由によって、エリオット・H・リーブに基礎科学部門における第38回(2023)京都賞を贈呈する。

参考文献
(1) Lieb EH et al. (2005) The Mathematics of the Bose Gas and its Condensation (Oberwolfach Seminars series, 34) Birkhäuser.
(2) Lieb EH & Thirring WE (1975) Bound for the Kinetic Energy of Fermions Which Proves the Stability of Matter, Phys. Rev. Lett. 35: 687–689. Errata 35: 1116 (1975).
(3) Lieb EH (1983) Sharp constants in the Hardy-Littlewood-Sobolev and related inequalities, Annals of Math. 118: 349–374.
(4) Brascamp HJ, Lieb EH & Luttinger JM (1974) A general rearrangement inequality for multiple integrals, J. Funct. Anal. 17: 227–237.
(5) Brascamp HJ & Lieb EH (1976) Best constants in Young’s inequality, its converse, and its generalization to more than three functions, Adv. in Math. 20: 151–173.
(6) Lieb EH & Oxford S (1981) Improved lower bound on the indirect Coulomb energy, Int. J. Quant. Chem. 19: 427–439.
(7) Lieb EH & Ruskai MB (1973) A Fundamental Property of Quantum-Mechanical Entropy, Phys. Rev. Lett. 30: 434–436.
(8) Lieb EH (1967) Residual Entropy of Square Ice, Phys. Rev. 162: 162–172.

プロフィール

略歴
1932年
米国マサチューセッツ州ボストン生まれ
1953年
マサチューセッツ工科大学(MIT) 卒業
1956年
バーミンガム大学 博士(数理物理学)
1956–1957年
京都大学 基礎物理学研究所 フルブライトフェロー
1957–1958年
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 リサーチ・アソシエイト
1958–1960年
コーネル大学 リサーチ・アソシエイト
1960–1963年
IBMトーマス・J・ワトソン研究所 研究員
1961–1962年
フォーラー・ベイ・カレッジ 応用数学上級客員講師
1963–1966年
イェシーバー大学 物理学准教授
1966–1968年
ノースイースタン大学 物理学教授
1968–1973年
MIT 応用数学教授
1973–1975年
MIT 数学および物理学教授
1975–2017年
プリンストン大学 数学およびヒギンズ物理学教授
1978–1979年
京都大学 数理解析研究所 訪問滞在研究者
2017年–
プリンストン大学 数学およびヒギンズ物理学名誉教授
主な受賞・栄誉
1978年
ハイネマン賞数理物理学部門
1992年
マックス・プランク・メダル
1998年
ボルツマン・メダル
1998年
オンサーガー・メダル
2001年
ロルフ・ショック賞
2002年
オーストリア科学文化勲章
2003年
アンリ・ポアンカレ賞
2021年
エルヴィン・シュレーディンガー国際数学物理学研究所メダル
2022年
傑出した研究業績に対するAPSメダル
2022年
ガウス賞
2022年
ディラック賞、アブドゥス・サラム国際理論物理学センター
会員
欧州アカデミー、オーストリア科学アカデミー、オランダ王立芸術科学アカデミー、チリ科学アカデミー、米国科学アカデミー、米国科学振興協会、米国芸術科学アカデミー、米国数学会、米国物理学会、ロンドン王立協会

プロフィールは受賞時のものです

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