【特集】身体と声とテクノロジーを一つのメディアとして体現したアーティスト
ローリー・アンダーソン氏

写真:ソファに腰掛けカメラに目線を向けるアンダーソン氏

身体と声と電子テクノロジーを混ぜ
音楽や美術、映像の壁を越え
新しいパフォーマンスアートを体現した。
21世紀、生成AIがメディアとアートを侵食する今、
あらゆる領域を自由に行き来する
最強の表現を実践するローリーの
アプローチは改めて最先端だ

(PR企画:監修 日経サイエンス)

スマートフォンを開けば、音楽も映像も演劇も写真も絵画も、あらゆる種類のメディアコンテンツが画面上に並列する。デジタル化とインターネットによって、別々のジャンルに属していた作品群がいまや等価なデータとして流通する。私たちはそれを当たり前のこととして受け止めている。
音楽、美術、演劇、映画、文学、ダンス……。かつて芸術ジャンルの間には壁が感じられていた。1960~70年代、そんな芸術ジャンルの壁を軽々と乗り越えるアーティストたちが現れていた。
そのひとりがローリー・アンダーソン氏だ。
現代美術家であり、音楽家であり、映像作家である。すべてであり、シンプルな分類には収まりきらない人物である。自らの声と身体を核に、電子メディアを使いながら、さまざまな芸術表現を横断した。美術とエンタテインメントの壁を突き抜け、独自の「マルチメディア・パフォーマンス」を生み出した。
ローリー・アンダーソン氏の歩みは、20世紀後半から現在に至るメディアの革新とともにあり、斬新なアイデアとユーモアをもって、テクノロジーを駆使して未来への道標にもなった。

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前衛とポップ「オー・スーパーマン」
1981年、ローリー・アンダーソン氏は、ニューヨークの前衛芸術の世界からポップミュージックの世界に突如として現れた。「オー・スーパーマン」。「ハ・ハ・ハ」と反復する人工的な笑い声をバックに、加工された機械的な声が囁く。ローランド製のボコーダーを通したローリーの声が歌であり、同時に伴奏である。
子供の頃からヴァイオリンに親しんできたローリーは、1970年代、弓に磁気テープを張り、ブリッジに磁気テープヘッドを使用した「テープ・ボウ・ヴァイオリン」を開発し、独自の楽器を使った活動を始めていた。
「オー・スーパーマン」もまた前衛的な作品として自主制作で1000枚だけプレスされた。が、この曲は、英国のラジオDJに見い出され、全英チャートの2位まで駆け上がる。同曲の極めて印象的なビデオ作品は、ローリー自らが製作・監督したものだ。おりしも同年、アメリカでは、音楽と映像を結びつけたプロモーションビデオを24時間発信するMTVがスタートした。
ポップとは無縁なところにいたローリーは、音楽と映像を不可分に表現した最先端ミュージシャンとして、世界にそして日本に紹介された。アルバム『Big Science』がメジャー発売されたのが1982年。MTV時代を牽引するマイケル・ジャクソンの『スリラー』と同じ年、というのも象徴的だ。
前衛アーティストが誰よりもポップな存在となる。アートプロデューサーの小崎哲哉氏は語る。小崎氏は、1980年代末、雑誌『03』(新潮社)で浅田彰氏とローリーの対談を企画し、KDD(当時)の国際テレビ電話で日本とニューヨークをつなぎ、通信回線を介してローリーにパフォーマンスを披露してもらった経験がある。
「シカゴ出身の彼女はアートスクールの出身で、マルセル・デュシャン、ジョン・ケージ、フルクサスといった『伝統的な前衛アート』の先端に、自分を位置づけた。彼女は文学好きで言語に造詣が深い。アートと文学とダンスと映像と音楽を、なんの衒いもなく全部混ぜ、自らの身体で『パフォーマンス』として表現した。その試みがビッグヒットになった」
最先端の前衛こそが、ポップな表現の先駆者となり、その後の正統を産む。その意味で、ローリーは、マルセル・デュシャンからアンディ・ウォーホルなどの系譜につながる、ポピュラーなトレンドを作り出せる「前衛の保守本流」だ。そう小崎氏は定義する。

写真:アンダーソン氏 バストショット
AI時代だからこそ、ローリーの身体と声に価値がある

パフォーマンスを日本で披露
1984年6月、ローリー・アンダーソン氏は、身体でさまざまな表現を融合する「パフォーマンス・アーティスト」として来日した。コンサート会場の一つはラフォーレミュージアム赤坂。
キュレーターで十和田市美術館館長の四方幸子氏は、当時この舞台を客席から見ていた。
「マルチメディア・パフォーマンスを初めて見た瞬間だった。身体と声と映像と自作の楽器を自由に組み合わせ、空間全体に出没する、マスクをかぶる、ボコーダーで男性の声になる…意表をついたダイナミックなパフォーマンスに魅了された。自らの身体と声を駆使しながら、テクノロジーを介して男と女、楽器と身体、人間と機械などのボーダーを超えるなど、変幻自在である。ローリーはまた、素晴らしいストーリーテラーでもある。パフォーマンスに加え、中性的でチャーミングなその存在を、端的に『かっこいい』と感じた」
ローリーの身体と声は、それまでの前衛芸術とは一線を画す表現を実現した。
「ジョン・ケージやラウシェンバーグがE.A.T.(Experiments in Art and Technology)でやっていた実験は、最先端の表現に敏感なごく一部の人しか見ていなかった。ローリーは、新たなメディアの創造や既存のメディアの異化など、メディアアートの根幹を探求しながら、パフォーマンスを実験的でありながらポップな一級のエンタテインメントとして成立させた」(四方氏)
ローリーは、音楽、言葉、映像をテクノロジーで繋ぎ、身体で表現する「パフォーマンス」を魅せ、さまざまな分野の日本の表現者たちに刺激を与えた。その一人がミュージシャンの高野寛氏だ。高野氏は当時大学生で前衛的な音楽を一人制作し続けていた。
「ギタリストのエイドリアン・ブリューとの仕事を追いかけているうちにローリーにたどり着いた。ポエトリー・リーディングと電子音楽とモダンダンスが拮抗するアーティスティックなバランス感覚、磁気テープを使った不思議なヴァイオリンや、ポップミュージックの振り付けとは全く異なるダンスパフォーマンスにも惹かれた」
その後、高野氏は高橋幸宏氏に見い出され、自身も前衛とポップを融合させたミュージシャンとしてデビューし、「虹の都へ」などヒット曲を出す一方、ローリーとも親交のあった坂本龍一氏に同行し、ロンドンツアーのギタリストを務めた。高橋氏と坂本氏がメンバーだったYMO=イエロー・マジック・オーケストラは、ローリーと同時代に、芸術と音楽、前衛とポップを混ぜることに成功した。そのチルドレンともいうべき高野氏へのローリーの影響。前衛とポップを混ぜる。21世紀のメディアシーンに与えた彼女の力を示唆するエピソードだ。

写真:《ハンドフォン・テーブル》に肘をつき、手で耳を覆って音を聴く二人の人
観客の身体そのものが作品の一部になる《ハンドフォン・テーブル》
1978年/2005年ICC展示時
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 撮影:大高隆

バロウズからマクルーハンまで
ローリー・アンダーソン氏の作品を改めて聴き直すと、彼女の生の声の力に引き込まれる。感情を過剰に表現しないにもかかわらず、エモーショナルで、ずっと聞いていたくなる心地のいい声。「語り部」としての彼女の魅力だ。
「ローリーは声を使ったパフォーマンスが主戦場だと思っているのではないか。1987年、青山のスパイラルホールで開かれた東京国際ビデオビエンナーレでのパフォーマンスを見たが、そのタイトルは『Talk Normal』だ」(小崎氏)
ローリーはウィリアム・S・バロウズの「言葉は外宇宙から来たウイルスである」という一節に触発された曲「Language Is a Virus」を作り、壮大なパフォーマンス・アート作品『United States』に組み込んだ。
ローリーの思想と重なるのがメディア学の巨人マーシャル・マクルーハンだ。あらゆるメディアは人間の身体の拡張であり、メディアテクノロジーとコンテンツは不可分のものとして人々に影響をもたらす。「メディアはメッセージ」という概念を残した。
テクノロジーを使い、自分の身体と声を拡張し、パフォーマンスという表現を実現する。ローリーのアートとマクルーハンのメッセージは呼応する。2002年カナダ国立映画制作庁が制作したマクルーハンに関するドキュメンタリー『McLuhan’s Wake』のナレーションを、ローリーが担当したのは偶然ではなかろう。

ローリー・アンダーソン氏は日本にもたびたび訪れ、パフォーマンスや作品の展示を精力的に行った。写真は、2005年7月にNTTインターコミュニケーション・センター[ICC](東京都新宿区)で行われた、「ローリー・アンダーソン『時間の記録』」展での様子。

写真:スケート靴をはき氷上で演奏するアンダーソン氏
ローリー・アンダーソン「時間の記録」展内覧会でのパフォーマンス
開催日:2005年7月21日 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

写真:マイクを持って話すアンダーソン氏
ローリー・アンダーソン「時間の記録」展 アーティスト・トーク
開催日:2005年7月23日 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]

映像で個人史と世界史を混ぜる
映像作家としてのローリーにとって、2015年の『Heart of a Dog』は特別な位置を占める。舞台は彼女の暮らすニューヨーク。愛犬ロラベルの死をめぐる個人的な映画として始まり、死、記憶、母親の死、チベット仏教、監視社会までが記憶の断片を重ねるように語られる。
ニューヨークは、2001年の9・11と、233人の死者を出した2012年のハリケーン・サンディという2つの災厄を経験している。ローリー自身がハリケーン・サンディで地下室に保管した機材や作品の多くを失った。
映画に影を落とすのが、彼女の長年のパートナーで2013年に亡くなったルー・リードの不在だ。彼もアンディ・ウォーホルのファクトリーから生まれた「前衛」だった。ルーはロック音楽を変え、ローリーは現代美術とパフォーマンスの側から音楽を変えた。
ローリーはこの映画で、国と街と自分自身に降りかかった巨大な歴史とごく個人的な喪失とを接続する。悲劇を悲劇のまま閉じない。死について語っているのに、突然冗談を挿入する。それこそがまさに人生だ、というように。
ローリーはその時々の自身の変化、世界の変化を作品に取り込んだ。
2002年NASA初のアーティスト・イン・レジデンスに選ばれ、『The End of the Moon』を作った。ハリケーン・サンディで自らの作品群を失った経験は、クロノス・クァルテットとの『Landfall』(2018年)に、月への想像力はVR作品『To the Moon』(2019年)に、女性飛行士アメリア・イアハートの最後の記録に触れたことが『Amelia』(2024年)につながった。
磁気テープの時代が終わり、音楽はデジタル化され、コンピューターが普及し、インターネットが世界に広がり、誰もがスマートフォンを手にし、VRが実現し、生成AIが一気に表現の世界に流入した。
ローリーは技術から目を背けない。近づき、向き合い、利用する。そのうえで常に問う。身体とは何か。声とは何か。言葉とは何か。記憶とは何か。技術は時代とともに変わる。変わらないものは人間そのものだ。変化する技術と不変にして普遍の身体。その融合で次にどんなパフォーマンスが生まれるのか。
ローリーの問いと表現への意欲は続いている。

身体と声の表現者が目指すもの
今この瞬間、ローリー・アンダーソン氏が京都賞を受賞するのは必然と言える。四方氏は理由を挙げる。
「1983年に『United States I-IV』という8時間近い大作を上演し、その41年後、2024年の『ARK: United States V』で完成させた。マルチメディア・パフォーマンスとして構築し、確立したものが、世紀を跨ぎ、インターネット革命を超え、ゴールに到達した。今、改めてローリーの軌跡を讃えることは、彼女に影響を受け続けてきた日本のアートシーンからしても、最高のタイミングだ」
小崎氏は今回の受賞を機にアートの本質を今一度問うべきだという。
「アートの本質とは、ある作家が抱いているコンセプトを、いろいろなモーダル、いろいろなメディウムで伝えることだ。小説家ならテキスト、音楽家なら音、画家ならキャンバス。ローリーは、それら全てを丸ごとパフォーマンスの形で表現した。ローリーの先進性を京都賞受賞と絡めて、改めて再確認すべきだ。というのも常にアートは問われ続けているからだ。ボーダーを超えることを、限界を越えることを、常識を超えることを。ローリーは実践し続けた」
2020年代、生成AIが一気に普及した。誰もが一見自在にコンテンツを発信できるようになった。
表現とは何かが問われる時代に、いち早くテクノロジーを駆使してその可能性を引き出しながら、自分の身体と声をほかにはない形で融合させたパフォーマンスを行ってきたローリー・アンダーソン氏。その存在こそ、一貫してずっとポストAI的な、極めて人間的なものだ、と実感できる。
「AIによって、身体を介さずに表現を生成できる時代になった。だからこそ重要なのは、身体や経験だ。ローリーの存在を通して、そのことを改めて考える時期に来ている。AIの時代、ローリー・アンダーソン氏の表現は、私たちの未来に希望と光を与えてくれる」(四方氏)
ローリーはロールモデルではない。「誰もローリー自身にはなれない。ローリーは年を取っても、何があってもローリー。アートとともに、自分の表現とともに生きている。だからこそ彼女の真似はできない。でも彼女のように挑戦することはできる」(小崎氏)
80年当初、ローリー・アンダーソン氏はポップスターだった。来日時は、カテゴライズできないパフォーマンス・アーティストだった。40数年後、私たちはローリーが何を目指し、何を表現しようとしていたのか、ようやく理解できるようになったのではないか。
ローリーはやりたいようにやった。そして生まれた自由な表現、自由な横断が、結果として未来への指針となった。彼女は改めて教えてくれる。表現にとって、声も含めた自身の身体のかけがえのなさこそが、唯一無二の作品を生み出す根源である、と。

バナー:第41回(2026)京都賞記念講演会

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