
Farooq Azam
第41回(2026)受賞
生物科学(進化・行動・生態・環境)
/ 海洋微生物学者
1940 -
カリフォルニア大学サンディエゴ校 スクリップス海洋研究所 名誉教授
海洋の食物網において従来失われるとされてきた溶存有機炭素が、細菌や原生生物を介して食物網へ回帰することを示し、「微生物ループ」概念を提唱した。さらに微生物が炭素などの地球規模の物質循環に果たす役割を解明し、海洋生態学および生物地球化学に決定的変革をもたらした。
ファルーク・アザムは、海洋微生物が地球規模の炭素などの物質循環に果たす役割を解明した先駆的研究により、海洋生態学および生物地球化学の枠組みに決定的な変革をもたらした。従来、生物が利用できないと見なされていた小さな有機物(溶存有機炭素)が、細菌や原生生物などの微生物を介して再び食物網へ回帰することを示し、「微生物ループ」の概念を提唱した(1)。その実証は、共同研究者らとともに開発した細菌の生物量と活性を定量化する手法に基づいている。海洋炭素循環においては、動植物プランクトンが中心的存在と考えられてきたが、本研究により、細菌や原生生物などの微生物も重要な役割を担うことが明らかになった。
海洋表層から深層への有機物の沈降過程は、炭素を数百年から千年規模で海洋深層水に隔離する機構として、極めて重要である。アザムは、この沈降過程において、従来、有機物消費の多くが動物プランクトンによるものと考えられてきたのに対し、実際には細菌が主要な役割を担っていることを明らかにした(2)。また、外洋のように有機物が極めて希薄に分布する環境において、沈降粒子に集積する微生物群集が「ホットスポット」として高い活性を維持し(3)、空間的な不均一性を保ちながら生物地球化学的循環を駆動することを示した。さらに、これらのプロセスが深層への炭素輸送効率を規定し、ひいては地球規模の炭素循環および気候システムにまで影響を及ぼすとの考えを提示した(4)。また、細菌が珪藻の殻を分解して再利用可能なケイ素を供給することにより、海洋の一次生産を規定し得ることを示し、炭素とケイ素の循環を結びつけた(5)。アザムは、微生物活動に密接に関連するナノからマイクロスケールでの微生物と海洋システムとの生化学的相互作用の研究を通じて、微生物がより大きな空間スケールにおいて生物地球化学的循環に及ぼす影響を定量的に評価し、海洋生態系が地球規模の変化にどのように応答するかを予測する道筋を示した。
「微生物ループ」の概念は、現在では海洋のみならず湖沼や河川など多様な生態系における物質循環研究へと波及し、溶存有機炭素の研究は近年、炭素の長期貯留プロセスの解明にも貢献している。また、アザムは影響力の高い総説の出版などを通じて(6)、ゲノム科学、微生物生態学、生物地球化学を統合する学問領域の確立を主導した。このように、アザムによる海洋生態系における微生物の役割の解明は、海洋を中心とする水圏生態学の発展に大きく寄与した。
参考文献
(1) Azam F et al. (1983) The Ecological Role of Water-Column Microbes in the Mar. Sea. Ecol. Prog. Ser. 10: 257–263.
(2) Cho BC & Azam F (1988) Major role of bacteria in biogeochemical fluxes in the ocean’s interior. Nature 332: 441–443.
(3) Azam F (1998) Microbial Control of Oceanic Carbon Flux: The Plot Thickens. Science 280: 694–696.
(4) Azam F & Malfatti F (2007) Microbial structuring of marine ecosystems. Nat. Rev. Microbiol. 5: 782–791.
(5) Bidle KD & Azam F (1999) Accelerated dissolution of diatom silica by marine bacterial assemblages. Nature 397: 508–512.
(6) Azam F & Worden AZ (2004) Microbes, Molecules, and Marine Ecosystems. Science 303: 1622–1624.
プロフィールは受賞時のものです