2011年思想・芸術部門映画・演劇
五代目 坂東 玉三郎 写真

五代目 坂東 玉三郎
(Tamasaburo Bando V)

  • 日本 / 1950年4月25日
  • 歌舞伎俳優

歌舞伎を中心に舞台芸術の諸ジャンルの枠を越えて活躍する華麗な美の創造者

歌舞伎の女形としてそれまでにない独特な世界を展開し、梨園の生まれではないにもかかわらず、立女形(たておやま)の地位を確立すると同時に、演劇・舞踊の分野の枠を越えた多彩な活動を国内外で繰り広げ、高い芸術的水準で多くの観客を魅了し続けている。

プロフィール

略歴

1950年
東京都生まれ
1957年
坂東喜の字を名乗り初舞台
1964年
五代目坂東玉三郎を襲名
1969年
『椿説弓張月』(三島由紀夫作)の白縫姫を演じる
1975年
『桜姫東文章』の桜姫を演じる
1984年
メトロポリタン歌劇場100周年記念公演に招聘され、舞踊『鷺娘』を上演
1988年
モーリス・ベジャール振付の『ベジャール・バレエ・ガラ』に出演
1989年
アンジェイ・ワイダ演出の舞台『ナスターシャ』に主演
1991年
『外科室』で映画を初監督
1995年
『伽羅先代萩』の政岡を演じる
2008年
昆劇『牡丹亭』を北京で上演

主な受賞と栄誉

1991年
フランス芸術文化勲章シュバリエ章
1997年
モンブラン国際文化賞、モンブラン文化財団
1997年
毎日芸術賞、毎日新聞社
2009年
菊池寛賞、日本文学振興会

主な当たり役

『桜姫東文章』 桜姫
『鳴神(なるかみ)』 雲絶間姫(くものたえまひめ)

『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』 揚巻(あげまき)

『伽羅先代萩』 政岡
『壇浦兜軍記』 阿古屋
『鷺娘』 鷺の精
『天守物語』 富姫
贈賞理由

歌舞伎を中心に舞台芸術の諸ジャンルの枠を越えて活躍する華麗な美の創造者

坂東玉三郎丈は、梨園の生まれではないにもかかわらず、実質的に現在の歌舞伎の立女形(たておやま)の位置にある。だがその活躍は歌舞伎にとどまらない。

歌舞伎においては、1969年に三島由紀夫の新作歌舞伎『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の白縫姫(しらぬいひめ)に抜擢され、翌年『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)・御殿』のお三輪で注目されて以来、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の政岡、『妹背山婦女庭訓・山の段』の定高(さだか)、『仮名手本忠臣蔵』の戸無瀬(となせ)において立女形の地位を確立し、また鶴屋南北の『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』や『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』で、それまでにない独特な世界を展開して見せた。それと同時に、1975年には新派に単身参加して初代水谷八重子と泉鏡花の『稽古扇(けいこおうぎ)』を共演、翌年にはシェイクスピアの『マクベス』のマクベス夫人を演じ、1981年にベンジャミン・ブリテンが能の『隅田川』をベースにした『カーリュー・リヴァ-』に出演するなど、他のジャンルにも積極的に参加する活動も続けた。1984年、メトロポリタン歌劇場の開場100周年記念ガラ公演に招待され、シャンソンのイヴ・モンタン、バレエのルドルフ・ヌレエフやマーゴ・フォンテーン、オペラのプラシド・ドミンゴらに伍して、日本の代表として『鷺娘』を披露したことにより、世界的に広く注目されるようになった。

それ以後、1988年に文学座が杉村春子主演で初演した有吉佐和子の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』に出演、1997年に木下順二の『夕鶴』で主役を演じ、2007年には自身の監修・演出による歌舞伎座初の1ヶ月の泉鏡花尽くしの公演を実現させる一方、1988年にモーリス・ベジャール振付の『ベジャール・バレエ・ガラ』に参加、翌年アンジェイ・ワイダ脚本・演出の『ナスターシャ』に主演し、1998年、バレエのミハイル・バリシニコフとジョイント公演、2008年には中国江蘇省蘇州昆劇院(こんげきいん)に単身参加して北京での昆劇の『牡丹亭』に主演するなど、国際的にも広く活躍した。また映画の監督・出演や、和太鼓グループ・鼓童との共演も続けている。歌舞伎の女形(おんながた)を立脚点に、演劇・舞踊の分野の枠を越えてこれほど多彩な世界を展開し、芸術的にも高い水準で多くの観客を魅了し続けている俳優は、他に例を見ない。

以上の理由によって、坂東玉三郎丈に思想・芸術部門における第27回(2011)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

私の考える舞台芸術

私が何故舞台芸術に携わるようになったかという事をお話しさせていただきます。

まず「演技」ということになりますが、私が小さい時の感覚から言いますと、見た人の印象を自分なりに受け取ってその人のようになってみるとか、人のマネをするとか、あるいは他人になるということが一番の原動力だったような気がします。当時は専門家になるということは考えておりませんでした。14歳の頃五代目坂東玉三郎を襲名させていただきました時、養父から『今日から専門家になるんだよ』と言われたことで初めて専門家になるのだという自覚を持ったのです。専門家とは、歴史的な背景を基にして、今日の演技法が成り立つまでに、どのような過程を経ているかを学ばなければなりません。その演技形態が、時代の特色と共に移り変わって現代に至るということを知らなければなりません。また女形になるには、俗に言う「歌舞音曲」等を会得しなければなりません。歌舞伎は歌うように台詞を言えることも大事です。楽器を演奏できること、特に江戸時代に出来た歌舞伎の古典的な生活様式を専門的に表現できるように作法を身につけなければなりません。また舞台装置や、衣装、髪の結い方、化粧の様式等、時代考証を学んで、その時代の様式に合った役柄を作っていかなければなりません。

しかし、根本的には他人になったような思いで行動する、現実には他人になることは無理なのですが、自分以外の人物になれたような気分になる。そして様々な時代や場所の中に入って行く、それが役者の魂でもありましょうし、演技の根本だとも思えるのです。このような考え方は若い頃ははっきりと持っていた訳ではありませんでしたが、専門家として、お客様の前に出させていただけるようになってから学んだことなのです。

ただし舞台の上で演技を通してお客様に観ていただくものは、自分の演技ではなく自分の演技の遙か向こう側の世界を観ていただくとも言えるのではないのでしょうか。演劇的な空間を通して、幻想・理想・空想というものを感じて貰うことが大切だと思っています。

また演技をしながら、想像したものになるということは自分でなくなることでもあり、自分がこの世からいなくなり、自由になる、人間でないものになる、あるいは空間そのものになり、香りになる、自然の中の一部になる、というようなことにも発展して行くのだと思います。子供の時から、水の流れになる、桜になる、蛙さんやお猿さんになる、そのようなことから始まり、次第に文学的なこと、文化的な深い分野を表現できるようになることが私の考える舞台芸術なのです。今までお話しさせていただいたことの次に大事なことは、自分を含めて、観客はある芸術作品を見て、その見えたものの外の世界に飛んで行き、自由に魂を遊ばせるということが最も大きな目的でもあると思います。

今日はそれらの事柄について、演技の根本や、役柄など、各分野に別けてお話しさせていただきます。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

玉三郎の美の世界

The World of Tamasaburo: Creation of Elegant Beauty

日時
平成23年11月12日(土) 13:00~16:00
場所
国立京都国際会館
企画・司会
大笹 吉雄[(専門委員会 委員)演劇評論家]
主催
公益財団法人 稲盛財団
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
歌舞伎学会、国際演劇協会 (ITI/UNESCO) 日本センター、日本演劇学会

プログラム

13:00
開会挨拶 大笹 吉雄
受賞者紹介 大笹 吉雄
13:15
第一部 歌舞伎の女形について
受賞者レクチャー(実技含む):坂東 玉三郎[思想・芸術部門 受賞者]
14:40
第二部 玉三郎の美の世界
パネル討論
司会: 大笹 吉雄
パネリスト: 坂東 玉三郎
植草 信和[(専門委員会 委員)元キネマ旬報編集長]
長野 由紀[(専門委員会 委員)舞踊評論家]

16:00
閉会
【関連情報】
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