2002年思想・芸術部門美術(絵画・彫刻・工芸・建築・写真・デザイン等)
安藤 忠雄  写真

安藤 忠雄
(Tadao Ando)

  • 日本 / 1941年9月13日
  • 建築家
  • 東京大学 教授

独創的な形態と構造を通じて自然と人間との新しい関係を表現し続けた建築家

コンクリート打ち放しの建築に自然の息吹を感じさせる独自の表現によって、近代建築の可能性を極限にまで推し進め、日本を代表する建築家として、世界を舞台に現代建築の可能性を開拓し続けている。
[受賞当時の対象分野: 美術(絵画・彫刻・工芸・建築)]

プロフィール

略歴

1941年
大阪府生まれ
1962-1969年
独学で建築を学ぶ
アメリカ、ヨーロッパ、アフリカを旅する
1969年
安藤忠雄建築研究所設立
1987年
エール大学 客員教授
1988年
コロンビア大学 客員教授
1990年
ハーバード大学 客員教授
1997年
東京大学 教授
会員
アメリカ建築家協会、英国王立建築家協会、フランス建築学会、ローマ大学名誉学位

主な受賞と栄誉

1979年
日本建築学会賞
1989年
フランス建築学会ゴールドメダル
1993年
日本芸術院賞
1995年
プリツカー賞
フランス文学芸術勲章(シュヴァリエ)
朝日賞
1996年
高松宮殿下世界文化賞
1997年
フランス文学芸術勲章(オフィシエ)
英国王立建築家協会 (RIBA) ゴールドメダル
2002年
アメリカ建築家協会 (AIA) ゴールドメダル

主な作品

1975-1976年

「住吉の長屋」

1978-1983年

「六甲の集合住宅」

1984-1991年

「真言宗本福寺水御堂」

1987-1989年

「光の教会」

1990-1994年

「大阪府立近つ飛鳥博物館」

1992-2000年

「FABRICA(ベネトン・コミュニケーションリサーチセンター)」(トレヴィソ・イタリア)

1992-2001年

「ピューリッツァー美術館」(セントルイス・アメリカ)

1994-1995年

「瞑想の空間」UNESCO(パリ・フランス) その他

贈賞理由

独創的な形態と構造を通じて自然と人間との新しい関係を表現し続けた建築家

安藤忠雄教授はコンクリート打ち放しの建築に自然の息吹を感じさせる独自の表現によって、近代建築の可能性を極限にまで推し進め、日本を代表する建築家として、世界を舞台に現代建築の可能性を開拓し続けている。

1941 年、大阪に生まれた教授は建築を独学で学び、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立した。「住吉の長屋」(1976年)によって1979年 に日本建築学会賞を受賞し、一躍、建築界の注目を浴びた。これは大阪の庶民住居を通じて住まうことの意味を鋭く世に問う作品であった。そこには伝統的な長 屋の構成を現代に活かし、都市住居に自然の息づかいを取り込みたいという安藤教授の問題提起が込められていた。「タイムズ」(1984年、京都)、「六甲 の教会」(1986年、神戸)、「光の教会」(1989年、大阪)、「直島コンテンポラリーアートミュージアム」(1992年、直島)、「大阪府立近つ飛 鳥博物館」(1994年、大阪)など、その作品群は一作ごとに現代の建築表現に新しい刺激をもたらすものであった。メタル製の仮枠を用いた鉄筋コンクリー ト打ち放しの表現を確立した、直截でありながら叙情的な建築は、世界の建築家から日本建築の特性を現代に活かした作品として評価され、作品の舞台は日本を 越えて拡がっていった。また、「ベネトン・コミュニケーションリサーチセンター」(2000年、トレヴィソ)や、「国立国際子ども図書館」(2002年、 東京)などの作品に見られるように、現代建築と歴史との対話を試みた作品も多い。安藤教授の作品は一貫した思想性と優れた芸術性を持ち、文化圏を越えて広 く世界的な評価を得ている。

安藤教授は、自らの美学をあくまでもモダニズムの中に求めながら現代と建築との関係を模索し、独自の作風を築 いた。彼は建築と自然を融合させること にも熱意をそそぎ、ある場合には建築物を地下に埋没させることによって両者の関係を調停する。自然にとって大いなる異物である建築を、その強さを保ちなが ら自然と融合させる手法には、安藤教授独自のスタイルがある。すなわち教授の建築の強さはモダニズムの質を備え、自然との関係の中には日本建築の伝統が生 かされている。

同時に安藤教授は建築がきわめて大きな社会的事業であることの自覚を強く持ち、積極的に社会活動をも行ってきた。1995 年に起きた阪神淡路大震災 に際しては、震災復興支援10年委員会の実行委員長として支援活動の先頭に立ち、建築家の社会的責任を都市の再生活動の中に活かそうとするきわめてスト レートな姿勢を示した。現在も産業廃棄物による自然破壊をこうむった豊島をよみがえらせるための「瀬戸内オリーブ基金」の運動を続けている。

安藤教授は建築が自然と歴史と文化との対話の中で生まれることを表現し、現代建築の新たな可能性を示すとともに、その活動は社会において建築家が何をなしうるかを指し示している。

以上の理由によって、安藤教授に思想・芸術部門における2002年京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

21世紀の環境を考える

京都といえば、若い頃見て歩いた古建築の次に思い起こされるのが「京都議定書」です。これは、1997年の地球温暖化防止京都会議で採択された、先進国の温室効果ガスの排出抑制・削減目標を定めた国際的合意文書です。

戦後の日本人は、アメリカ型の消費文明に憧れを抱き、大量生産・大量消費型の社会システムを築こうと努力し、それに成功しました。しかし、それは、大量廃棄を伴うものであり、実は限りある地球の中で存続し得ないものであったわけです。

近年やっと消費社会の矛盾に気付いた先進国が、京都議定書をつくり、明日の地球環境に向けての積極的な提案を、全世界にむけて発信できるかと思って いたのですが、批准に至っていないのはとても残念です。経済活動の抑制につながるとの懸念から各国の意見が分かれているわけですが、もっとも大切なのは、 経済よりも、人々が生きていく環境ではないでしょうか。

私は、初期の仕事である「住吉の長屋」から、比較的大きな規模の近作に至るまで、自然とともにあり、自然の力を生かし、その場に残された古いものを 生かすよう計画してきたつもりです。その理念は近年語られ始めたサステイナブル建築と方向性は等しいと思います。しかし、真に持続可能な建物とはもっと先 にあるものなのでしょう。これからも循環型社会のための建築のあり方をより真剣に考えていきたいと思います。

私は、弁護士の中坊公平さんとともに発起人となり、近代文明のつけを背負うようにして、緑を失い汚された瀬戸内海沿岸に、オリーブをシンボルツリー としてその場の植生にあった樹木を百万本、寄付を募って植えていこうという運動を始めました。この基金を通して、瀬戸内海の島々が少しでも元の姿に戻り、 子どもたちが、自分たちの手で命あるものを育て、環境をつくっていくのだという意識をもってくれたらと思います。

いま我々のすべきことは、未来の子どもたちのために、袋小路ではない、循環型の社会の見本をつくり、手渡すことではないでしょうか。そのために私も自らの職業を通して努力したいと思います。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

21世紀 建築のすがた

Architecture in the 21st Century

日時
2002年11月12日(火)13:00~17:20
場所
国立京都国際会館
企画
高階 秀爾 [(審査委員会 委員長)東京大学 名誉教授] 鈴木 博之 [(審査委員会 委員)東京大学 大学院工学系 研究科 教授]
司会
鈴木 博之

プログラム

13:20
開会 鈴木 博之
挨拶 高階 秀爾
受賞者紹介 鈴木 博之
受賞者講演 安藤 忠雄
「命のある建築を創る」
休憩
パネルディスカッション 「未来に続く歴史の継承」
司会:高階 秀爾
パネリスト:安藤 忠雄、河合 隼雄[文化庁 長官]、石山 修武[早稲田大学 理工学部 教授]、鈴木 博之
総括 高階 秀爾
17:30
閉会
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