2009年思想・芸術部門音楽
ピエール・ブーレーズ  写真

ピエール・ブーレーズ
(Pierre Boulez)

  • フランス / 1925年-2016年
  • 作曲家・指揮者
  • フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)名誉所長

作曲・指揮・著述・組織運営を通して時代を牽引し続けてきた音楽家

作曲家として、セリー音楽の推進から電子音響技術の活用まで、常に革新的な作品を通じて現代音楽界に大きな足跡を残すとともに、指揮・著述・組織運営にわたる広範な活動を展開。そのいずれにおいても刺激的な創造性に富んだ多大な影響力を発揮して、第二次大戦後の西洋音楽界をリードし続けてきた。

プロフィール

略歴

1925年
フランス モンブリゾン生まれ
1942年
パリ国立高等音楽院 在籍
オリヴィエ・メシアンの和声クラスに参加(1944-1945年)
1946年
ルノー=バロー劇団 音楽監督
1954年
「マリニー小劇場音楽会」(1955年「ドメーヌ・ミュジカル」に改称)音楽監督
1960年
バーゼル音楽アカデミー 教授
1967年
クリーヴランド・オーケストラ 首席客演指揮者
1971年
BBCシンフォニー・オーケストラ 首席指揮者
1971年
ニューヨーク・フィルハーモニック 音楽監督
1976年
フランス国立音響音楽研究所 所長
1976年
コレージュ・ド・フランス 教授
1976年
アンサンブル・アンテルコンタンポラン 監督
1992年
フランス国立音響音楽研究所 名誉所長
1995年
シカゴ交響楽団 首席客演指揮者

主な受賞と栄誉

1979年
エルンスト・フォン・ジーメンス音楽賞、エルンスト・フォン・ジーメンス音楽財団
1989年
高松宮殿下記念世界文化賞音楽部門、日本美術協会
1990年
大功労十字章、ドイツ連邦共和国
1996年
ポーラー音楽賞、スティグ・アンダーソン音楽賞財団
2000年
ウルフ賞芸術部門(音楽)、ウルフ財団
2001年
グロマイヤー作曲賞、ルイスヴィル大学
2002年
グレン・グールド賞、グレン・グールド財団

主な作品

1946年

フルートとピアノのためのソナチネ

1947-1948年

ピアノ・ソナタ第2番

1951-1952年

2台のピアノのための構造 第1巻

1952-1955年

ル・マルトー・サン・メートル

1957-1962年

プリ・スロン・プリ

1964-1965年

エクラ

1972年

・・・エクスプロザント=フィクス・・・

1980年

ノタシオン I-IV

1982年

レポン

1997年

アンテーム II

贈賞理由

作曲・指揮・著述・組織運営を通して時代を牽引し続けてきた音楽家

ピエール・ブーレーズ氏は、第二次世界大戦後の西洋音楽界をリードしてきた代表的な音楽家である。作曲・指揮・著述・組織運営と広範に渡る活動のどれもが、刺激的な創造性に富み、多大な影響力を発揮し時代を動かしてきた。

1925年フランス生まれのブーレーズ氏は、新しい様式であるセリー音楽を理論的にも実践的にも推し進め、「セリー音楽の最大の作曲家」として作曲界に大きな足跡を残した。1950年代の《ル・マルトー・サン・メートル》などの作品は、直接師事したメシアン、レイボヴィッツ等の方法論の展開のみならず、20世紀前半にドビュッシー、ヴェーベルン、ストラヴィンスキーなどが切り開いた代表的な潮流を深く結びつけるものであった。

さらに1960年代には「管理された偶然性」を採り入れた《プリ・スロン・プリ》等の作品を通してその後の進路を示唆した。またこの間、著述家としても刺激的で示唆に富む文章を発表した。さらに指揮者としてはドメーヌ・ミュジカルを組織して指導し、緻密さと明晰さを兼ね備えた演奏で20世紀音楽のレパートリーを開拓した。指揮のレパートリーは1960年代後半以降、古典派からロマン派、そしてバイロイト音楽祭でのヴァーグナー上演、パリ・オペラ座でのベルク《ルル》3幕版初演といったオペラにまで及び、画期的な演奏が行われた。その解釈は、今日の模範となっている。

1970年代には、パリのポンピドゥー・センター附属の研究施設 IRCAM の所長となり、コンピュータを用いた音響のリアルタイム変換の開発をソフト、ハードの両面で推進し、コンピュータ音楽の展開上で先進的な役割を担った。ブーレーズ氏自身も大規模な作品《レポン》でこの技術を駆使して、創作界に刺激を与え、同時にアンサンブル・アンテルコンタンポランを創設して指導した。また、ミシェル・フーコーの推挙でコレージュ・ド・フランスの教授に就任し、フランス思想界の代表者たちと渡り合った。

ブーレーズ氏は80歳代半ばの今日も、世界のトップ・オーケストラを指揮しての精力的な録音や演奏活動を続けている。のみならず次代の音楽文化のために、若い世代の音楽家たちを対象にした現代音楽講習会をルツェルン音楽祭で毎年行っている。

以上の理由によって、ピエール・ブーレーズ氏に思想・芸術部門における第25回(2009)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

理想への道

その晩年、「若き日の理想」について問われた詩人ステファヌ・マラルメは、それに答えて、次のような一文を書き記しました。「幸福なのか虚しいのか、私の若い頃の意志はまったく変わらず生き続けている」。

私は話を本題の終わりから始めました。人生を総括するのも難しいことですが、予見し、意のままにすることなど不可能だからです。しかし、私たちは自己形成をしながら自己発見していくものであることは確かです。厳密な意味での理想とは、間違いなく、多少なりとも偶然的な出会いから生まれるのです。私たちは、その出会いに対して、意志を持って反応し、受け入れたり拒絶したりすることを積み重ねていくのです。

直感によって捕えた現代性。これを私は自分の手の届くものにしたい、自分のものにしたい、理解したいと切望しました。しかし同時に私は、自分にはその実現のための道具がないこと、つまり、言語、文法、文体を習得していないことをはっきり自覚していました。従って、どうしてもこの段階から始める必要がありました。

この学びの必要性は、結果として私にとっての一つの行動指針となって現れました。それは、初めは厳密なものでしたが徐々に自由度をもったものになりました。

無論、音という必要不可欠な与件を通じて、そしてまた、伝統的素材とエレクトロニクスのおかげで拡がった音楽の手段・要素とが真っ向から対峙する時に、これらを行ってきたのです。

疑問は止むことなく湧き出で、それに対する自分自身の答えを見つけるためには、一つの強固な理想を身につけることが必要です。この理想は、明確な言葉で表現できるものでしょうか。できません。本当に不可能です。もし私たちが答えを知っていたとしても、どのようにしてその何かを書き、あるいは生み出すことができるというのでしょうか。いずれにせよ、私を奮い立たせているのは、私の中にある未知のものです。それが何であるかを正確に知ることは、それを実現する前には不可能です。このようにして、試行錯誤を重ねながら、理想の軌跡が構築されていくのです。

話を終えるにあたって、もう一度「若き日の理想」についてのマラルメの答えを引用したいと思います。「私のつつましやかな人生が意味を持ち続けるために、私は自分自身を裏切ることはなかった。」この一文に私が付け加えたいのは、追い求める目標の困難さと大きさを考えれば、「つつましやかさ」は見せかけではなく、非常に現実的に捉えたものであるということです。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

ブーレーズ イン 京都

Boulez in Kyoto

日時
平成21年11月12日(木) 14:00 開会(13:00 受付開始)
場所
京都コンサートホール
企画
長木 誠司[(専門委員会 委員)東京大学 大学院総合文化研究科 教授]
練習統括
松下 功[東京藝術大学 演奏藝術センター 教授]
司会
野平 一郎[(専門委員会 委員)作曲家・ピアニスト]
協力
東京藝術大学
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
京都市音楽芸術文化振興財団、日本アルバン・ベルク協会、日本音楽学会、日本現代音楽協会

プログラム

14:00
開会挨拶受賞者紹介 長木 誠司
14:15
ワークショップ 「ブーレーズ:シュル・アンシーズ (1996-1998)」
公開リハーサル
 ピエール・ブーレーズ
 Cond. 高関 健
 Pf:浦壁 信二、藤原 亜美、菊地 裕介
 Hp:片岡 詩乃、篠田 恵里、信国 恵子
 Perc:藤本 隆文、和田 光世、中山 航介
15:30
休憩
15:50
作者解説:ピエール・ブーレーズ[思想・芸術部門 受賞者]
聞き手:野平 一郎
16:20
閉会
PAGETOP