2000年思想・芸術部門思想・倫理
ポール・リクール 写真

ポール・リクール
(Paul Ricœur)

  • フランス / 1913年-2005年
  • 哲学者
  • パリ大学 名誉教授、シカゴ大学 名誉教授

新しい倫理学の構想を含む壮大な解釈学的現象学を構築した哲学者

反省哲学の伝統に立ちつつ、解釈学的現象学の方法を革新して、神話、聖書解釈、精神分析、隠喩論、物語論と幅広い具体的な領域でテクスト解釈学を展開し、フランスのみならず、英米の哲学界にも大きな影響を与えた。
[受賞当時の対象分野: 哲学・思想]

プロフィール

略歴

1913年
フランス、ヴァランスに生まれる
1933年
レンヌ大学、学士
1934年
パリ大学入学、教授資格試験の準備
1939年
第二次大戦勃発とともに動員されて捕虜となり、ポーランドの捕虜収容所で過ごす
1945年
国立科学研究所所員
1949年
ストラスブール大学哲学史講師、博士号取得
1956年
パリ大学の哲学教授
1966年
新設のパリ大学ナンテール校教授
1973年
パリ第十大学(ナンテール)教授に復職
1973年
シカゴ大学の神学部教授を兼任、名誉教授
1980年
パリ大学名誉教授

主な受賞と栄誉

1950年
ジャン・カヴァイエス賞
1985年
ヘーゲル賞(ドイツ)
1985年
ゴードン・ライング賞(シカゴ大学プレス)
1988年
フランスアカデミー大賞
1989年
ルーカス賞(ドイツ)
1999年
バルザン賞(イタリア)

主な著書

1950年-60年

Philosophie et la volonte, ⅠⅡⅢ, Paris, Aubier (『意志的なものと非意志的なものⅠⅡⅢ』滝浦静雄他訳 紀伊国屋書店 1993-95), 1950-1960

1965年

De l’ interpretation Essai sur Freud, Paris, Seuil (『フロイトを読む-解釈学試論』 久米博訳 新曜社 1982), 1965

1975年

La metaphore vive, Paris, Seuil (『生きた隠喩』 久米博訳 岩波書店 1984), 1975

1983年-84年

Temp et recit, tome ⅠⅡⅢ, Paris, Seuil (『時間と物語』 久米博訳 新曜社 1987-90), 1983-1984

1990年

Soi-meme comme un autre, Paris, Seuil (『他者のような自己自身』 久米博訳 法政大学出版局 1996), 1990

贈賞理由

新しい倫理学の構想を含む壮大な解釈学的現象学を構築した哲学者

リクール教授は、西洋の長い哲学的伝統に立ちつつ、解釈学的現象学の方法を革新し、それまでの哲学が扱わなかった幅広い諸領域、すなわち神話、聖書解釈、精神分析、隠喩論、物語論にまでテクスト解釈学を適用して、現代哲学に新たな局面を切り開いた。

教授は戦後、現象学と実存哲学の研究から出発し、『意志の哲学』(1950‐60年)という総題のもとに『意志の形相論』『意志の経験論』『意志の詩学』を構想して、デカルトに始まる反省的主体の働き、「私は考える」(コギトー)の意味を全面的に回復することをめざした。その後、精神分析の成果や英米分析哲学の手法を取り入れ、かつて自ら研究したフッサール現象学に内在する観念論的傾向を是正し、精緻な「解釈学的現象学」に立った独自のテクスト解釈理論を形成し、その成果である『生きた隠喩』(1975年)では、隠喩がただ単に文学理論の問題であるばかりでなく、人間の在り方そのものに根ざした本来的現象であることを論証した。また、『時間と物語』全3巻(1983‐85年)では、人間が行動の諸条件を時間のなかで筋立てていく歴史的存在であることを明らかにするとともに、哲学的な時間論の可能性についての考察を深めた。さらに、『他者のような〔あるいは、他者としての〕自己自身』(1990年)では、他者に開かれた「自己」を正当に承認する作業を通じて、「正しい制度において、他者のために、他者とともに善く生きること」を目標とする倫理学を構築し、他者を忘れた自我中心主義的閉塞状況にあった現代倫理学に新たな息吹を与えた。

このような画期的業績をふまえたリクール教授の哲学は、一言にして人間的生を通しての「意味創造の哲学」と言える。その哲学は、一方ではディルタイ以来の解釈学、フッサール以来の現象学の伝統に結びつきながら、他方で現代の言語哲学や文学理論との対話を切り開く理論を展開して、哲学のみならず、広く人文科学の領域全体にも大きな影響を与えてきた。哲学の使命は諸科学の総合にあるという本来的理念にたえず立ち帰り、その成果を意欲的に取り入れつつ、言語による実在の記述という哲学の伝統的主題に、文学や歴史といった言説の多様性を尊重しながら接近するリクール哲学は、来るべき世紀の新しい知の可能性を開拓するものである。

よって、リクール教授に思想・芸術部門の2000年京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

批判と確信―私の哲学の歩み―

私が哲学に関心を持ちはじめたのは、哲学について初めて学び、知的勇気について助言を得た17歳のときであり、私にとってこの助言は生涯忘れ得ぬものとなりました。次いで、哲学者ガブリエル・マルセル先生との出会いと交際、捕虜生活中に経験した運命を左右する読書を通じて、私の持続的な確信の基盤が形成されました。その後、自分が教える立場になり、フランス国内と米国で幸せな教師生活を送りました。

今回の私の講演では、まず最初に、私のこれまでの経歴を簡単に説明し、私の最初の重要な研究である『意志的なものと非意志的なもの(Le volontaire et l’involontaire)』から最近の研究に至るまでの私の思考の変遷をたどってみたいと思います。

次に、思弁的英知と生身の人間が発揮する実践的英知とを離反させないようにし、2つの実践的英知の例を通じて考察を試みたいと思います。ここで私は2つの例を取り上げます。ひとつは医学の領域におけるものであり、もうひとつは裁判判決の領域に属するものです。個人的関与は反省よりも上位に位置します。そこで私は、人間と苦しみとの関係の問題が提起される状況を考察し、長い人生の終わりにおける助言をもって、私の講演を終わりたいと思います。病気の人間が死に近づき、治療がもはや治癒ではなく付き添うことを意味する段階において、我々はあらゆる手段による延命治療と安楽死という難しい問題について考える必要があります。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

新しい他者の発見

The Discovery of the Other

日時
2001年11月12日(日)13:20
場所
国立京都国際会館
企画
中川 久定 審査委員会委員、京都国立博物館館長
企画・司会
久米 博 立正大学文学部教授
主催
財団法人 稲盛財団
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
日仏哲学会

プログラム

13:20
開会 久米 博
挨拶 稲盛 豊実 稲盛財団常務理事
受賞者紹介 久米 博
受賞者講演 ポール・リクール 思想・芸術部門 受賞者
「過去の表象を前にした裁判官と歴史家」
休憩
講演 中村 雄二郎 明治大学名誉教授、日仏哲学会会長
「リクール<他者論>の開示するもの」
質疑応答
講演 坂部 恵 審査委員、桜美林大学文学部教授
「物語的同一性と多文化主義」
質疑応答
講演 杉村 靖彦 京都大学大学院文学研究科助教授
「<誰>の問い:「自己の解釈学」と他者の問題」
質疑応答
17:25
閉会
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