1998年思想・芸術部門美術(絵画・彫刻・工芸・建築・写真・デザイン等)
ナム ジュン・パイク(白 南準) 写真

ナム ジュン・パイク(白 南準)
(Nam June Paik)

  • アメリカ / 1932年-2006年
  • メディア・アーティスト

現代美術に映像メディアの活用を導入し、「メディア・アート」を創始した芸術家

「ビデオ・アート」という新しい表現形式を現代美術に導入し、それをコンピュータなどの電子メディアを使った「メディア・アート」に育てることによって、現代人に夢とビジョンを与え、新しく豊かな創造の世界を開いたハイテクノロジー時代を代表する美術家である。
[受賞当時の部門 / 対象分野: 精神科学・表現芸術部門 / 美術(絵画・彫刻・工芸・建築)]

プロフィール

略歴

1932年
大韓民国、ソウルに生まれる
1950年
香港へ移住、その後日本へ移住
1956年
東京大学文学部美学・美術史学科卒業、後ドイツへ移住
1956年
ミュンヘン大学で音楽史を学ぶ
1958年
ジョン・ケージ(第5回京都賞受賞者)らとビデオ・アートを制作
1959年
ビデオ・アートの新分野で活動
1963年
最初の個展をドイツで開催、以後世界各地で個展開催
1964年
ニューヨークへ移住
1982年
「ナム ジュン・パイク回顧展ビデオ・アートの20年」ホイットニー美術館、ニューヨーク
1984年
「ナム ジュン・パイク展,ビデオ・アートを中心に」 東京都美術館
1991年
「ナム ジュン・パイク-ビデオ・タイム・ビデオ・スペース展」バーゼル美術館,チューリッヒ美術館(スイス)、ポンピドーセンター(フランス)
1992年
「ナム ジュン・パイク回顧展」韓国国立現代美術館
1997年
「ミュンスター野外彫刻展」ドイツ

主な受賞と栄誉

1991年
カイザリング賞、ドイツ
1993年
金獅子賞、第45回ヴェネチア・ビエンナーレ
1992年
ピカソメダル、ユネスコ
1995年
ホー・アム賞、韓国

主な作品

1963年

「ロボット K-456」

1973年

ビデオ映像「ジョン・ケージに捧げる」

1981年

ビデオ・カード「J・ボイスとパイクによるピアノ・デュエット」

1984年

「グッドモーニング・ミスター・オーウェル」 パリ-ニューヨークを結ぶ衛星通信プロジェクト

1986年

「バイ・バイ・キップリング」 ニューヨーク -東京-ソウルを結ぶ衛星通信プロジェクト

1988年

「多いほどよい」ソウル・オリンピック

1992年

「テレ-コミューティング:バリ島からブロードウェーへ」

1993年

「土星人」

1994年

「放牧民」

贈賞理由

現代美術に映像メディアの活用を導入し、「メディア・アート」を創始した芸術家

ナム ジュン・パイク氏は「ビデオ・アート」という新しい表現形式を現代美術に導入し、それを「メディア・アート」に育てることによって、現代人に夢とビジョンを与え、新しく豊かな創造の世界を開いたハイテクノロジー時代を代表する美術家である。 パイク氏は1960年代に、テレビモニターを使用したパフォーマンスを開始し、インター・メディア・アートのグループ「フルクサス」に参加、ジョン・ケージ、マース・カニングハムらとビデオ・アートを制作し、その分野の第一人者となった。その後も数多くのインスタレーションを手がけ、現在のメディア・インスタレーションの先駆けとなっている。

テクノロジーがこれまでもっぱら便利さや経済効率といった実利主義的な面において追求され、私達の感覚や受容器のシステムを変えつつある現在、パイク氏はテクノロジーはアートによって人間化される必要があるとして、一方的に私達に与えられるメディアであったテレビを、人間の表現の手段へと逆転させた。 衛星放送を使ったリアル・タイムの双方向通信プロジェクトもここから生まれた。1984年、その最初の試み「グッド・モーニング・ミスター・オーウェル」では、ジョージ・オーウェルが小説「1984」の中で近未来管理社会を予言したのに対し、パイク氏はメディアによる管理を打ち破り、新しいコミュニケーションの手段とする方法を提示した。また、1986年、ニューヨーク、東京、ソウルを結んだプロジェクト「バイ・バイ・キップリング」では、東洋と西洋は交わり得ないと語ったキップリングに対して、《相容れない西洋》という東洋人の西洋観にも、《理解しがたい東洋》という西洋人の東洋観にも「バイ・バイ(さよなら)」を告げて、地球規模でのコミュニケーションの可能性を追求し、大きな反響を呼んだ。パイク氏が「通信」というコンピューターの最も重要な機能に、科学者たちの対処すらあいまいであった当時から焦点を当て、その可能性の上に、マクルーハンの環境芸術論の実現を志したことは、現代美術のみならず、コンピューター時代に対応しきれていなかった哲学や社会学にも多大な影響を与えた。いわば、インターネットの完璧な雛形を、氏は準備したのである。 祖国の不幸な政治状況下での体験とアジア人としての自己認識から、常に全人類的なコミュニケーションと異文化間における相互理解への希望を追求したパイク氏は、科学技術に哲学的な目的を与えるという芸術の根源的な機能を回復させ、美術表現の多様性の獲得に大きな貢献をしている。よって、パイク氏に精神科学・表現芸術部門における本年の京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

ノーバート・ウィーナーとマーシャル・マクルーハン-コミュニケーション革命-

ノーバート・ウィナーとマーシャル・マクルーハンが唱えたことを細かく調べると、この二人の学者には共通点があることがわかります(メディアの混和、エレクトロニクスと人間の神経系のシミュレーション、非決定論(つまり曖昧さの存在)などです)。ウィナーは、こうした特徴をマイクロフォームとして使って、つまり、マクロ的なものをミクロの世界に置き換えて、エレクトロニクス時代の細かい技術内部を構築しました。一方、マクルーハンは、こうした特徴をマクロフォームとして使って、つまり、ミクロ的なものを広い世界で捉えて、エレクトロニクス時代の外観を心理的、社会学的な面から解釈しました。

世界平和と地球の存続は、一般の人々にとって最大の関心事ですが、公共テレビにとっても、この2つのことが最大の関心事でなければなりません。現在我々が必要としているものは、自由貿易の旗頭となってくれるものであり、欧州共同市場の精神と手続きに倣ってモデル化されたビデオ共通市場を実現してくれるものです。マクルーハンは、早くから、テレビによる「地球村」を構想し、その実現を待ち望んでいましたが、その構想の基となっているのは、H.A.イニス(1951)の「伝達のバイアス」(The Bias of Communication)です。あまり知られていないこの本のなかで、イニスは、活字印刷の発明によって国家主義が生まれたと述べています。しかし、皮肉なことに、今日では、ビデオ文化のほうが、印刷メディアより、はるかに国家主義になっています。どこの本屋にも、カミユやサルトルの本は必ずあります。なのに、テレビはというと、最近のフランスのテレビ番組を思い出してみられるとおわかりのように、テレビは、氾濫する暴力のニュースを追うのに忙しく、テレビから多くのことを学ぶ子供達は、スイスやノルウェーを、銀河系のどこかにある広い土地だと思っている有様です。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

アジアと世界を結んだアーチスト

Artist Linking Asia and the World

日時
1998年11月12日 13:20~17:30
場所
国立京都国際会館
企画・司会
伊東 順二 精神科学・表現芸術部門専門委員会委員、美術評論家

プログラム

13:20
開会挨拶 稲盛 豊実 稲盛財団常務理事
13:25
受賞者紹介 高階 秀爾 精神科学・表現芸術部門審査委員会委員長、国立西洋美術館館長
「アジア的なもの、地球的なもの」
13:40
記念講演 ナム ジュン・パイク(白 南準) 受賞者
「グローバル・グルーブとビデオ共通市場」
14:10
講演 山口 勝弘 メディア・アーチスト
「メディア・アートの先駆者-ナム ジュン・パイク」
14:40
休憩
15:00
メディアライブ 「グローバル・セレブレーション」
インターネット時代の先駆的役割を果たしたナム ジュン・パイクの受賞を祝して、各国の著名人からオンライン映像のメッセージが届きます。
15:30
講演 金 英順韓国大裕文化財団理事
「韓国現代美術における 白 南準」
16:00
フォーラム 「パイク by パイク-世界同時アバンギャルド」
司会:伊東 順二
パネリスト:ナム ジュン・パイク(白 南準)、一柳 慧 音楽家、松本 俊夫 京都造形芸術大学副学長
17:30
閉会
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