2013年基礎科学部門生物科学(進化・行動・生態・環境)
根井 正利 写真

根井 正利
(Masatoshi Nei)

  • アメリカ / 1931年1月2日
  • 進化生物学者
  • ペンシルベニア州立大学 教授

遺伝的変異と進化時間の定量的解析を取り入れた生物集団の進化に関する研究

遺伝的距離など様々な統計的手法を考案し、それらを分子レベルのデータに応用することによって、進化現象を理解する上で重要な進化的分化や遺伝的多様性、遺伝子に働く淘汰様式などの定量的な議論を可能にし、分子進化生物学の発展に大きな貢献をした。これらの手法は、進化生物学のみならず、生態学や保全生物学など多くの学問分野にも寄与している。

プロフィール

略歴

1931年
宮崎県宮崎市生まれ
1953年
宮崎大学 農学部 卒業
1959年
京都大学 農学博士
1958年
京都大学 農学部 助手
1962年
放射線医学総合研究所 研究員
1965年
放射線医学総合研究所 集団遺伝学研究室 室長
1969年
ブラウン大学 准教授
1971年
ブラウン大学 教授
1972年
テキサス大学ヒューストン校 教授
1990年
ペンシルベニア州立大学 分子進化遺伝学研究所 所長
1990年
ペンシルベニア州立大学 教授

主な受賞と栄誉

1990年
木原賞、日本遺伝学会
2002年
国際生物学賞、日本学術振興会
2006年
トーマス・ハント・モーガン・メダル、米国遺伝学会
会員
米国芸術科学アカデミー、米国科学アカデミー

主な論文

1972年

Genetic Distance Between Populations, American Naturalist 106: 283-292, 1972.

1974年

Genic Variation Within and Between the Three Major Races of Man, Caucasoids, Negroids, and Mongoloids (with Roychoudhury, A. K.), American Journal of Human Genetics 26: 421-443, 1974.

1987年

The Neighbor-Joining Method: a New Method for Reconstructing Phylogenetic Trees (Saitou, N and Nei, M), Molecular Biology and Evolution 4:406-425, 1987.

1988年

Pattern of Nucleotide Substitution at Major Histocompatibility Complex Class I Loci Reveals Overdominant Selection (Hughes, A. L. and Nei, M.), Nature 335:167-170, 1988.

1997年

Evolution by the Birth-and-Death Process in Multigene Families of the Vertebrate Immune System (with Gu, X. and Sitnikova, T.), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94:7799-7806, 1997.

2007年

The New Mutation Theory of Phenotypic Evolution, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104:12235-12242, 2007.

2013年

Mutation-Driven Evolution, Oxford University Press, 2013.

贈賞理由

遺伝的変異と進化時間の定量的解析を取り入れた生物集団の進化に関する研究

根井正利博士は、蛋白質やDNA塩基配列の変異のデータを解析するさまざまな統計的手法を開発し、進化生物学を分子データにもとづいた厳密な科学とする上で大きく貢献した。進化は、生物集団において突然変異が出現し、広がり、もとのものと置換することが多数繰り返されることで生じる。根井博士の開発した解析手法により、遺伝変異と進化時間の定量的な理解が可能になり、単細胞生物から人類にいたる広範な進化現象を実証的に理解できるようになった。

まず根井博士は、生物集団における対立遺伝子やアロザイムの頻度に関して、集団間での違いを定量化する「根井の遺伝的距離」を提唱した。遺伝的距離を用いることで、集団間の遺伝子構成の違いから、それらの間の移住率や、生物集団や種がいつ分化したかを議論することが可能になった。たとえば、アフリカ、アジア、ヨーロッパの人類集団の分岐時間をいち早く推定するなど、進化生物学上重要な課題の解決に寄与した。その発展として、統計量GST(遺伝子分化係数)や塩基多様度等を次々と考案し、生物集団の進化的分化や遺伝的多様性の測定の精緻化に貢献した。

第二に、根井博士は、遺伝子間の系統関係を扱う多数の手法を展開した。特に博士らが開発した分子系統樹作成のための「近隣結合法」は、多数の分類群を含む系統樹を効率よく扱えるため、長年にわたって幅広く用いられた。博士が、種の系統関係と遺伝子の系統関係との理論的背景を明らかにしたことも大きな業績である。その手法は、ヒト・チンパンジー・ゴリラに代表されるような近縁な生物種間の系統関係を遺伝子の系統関係から導く理論として現在も頻繁に利用されている。

第三に、DNAの塩基置換速度をアミノ酸置換を起こすものと起こさないものに分けて測定する手法を、根井博士は使用しやすくすることで格段に普及させ、それらの速度の違いから分子レベルの進化機構が解明できることを示した。この手法のもっとも顕著な適用例としては、MHC遺伝子群において変異を保つような正の自然淘汰が働いているとの以前からの推測を、根井博士が遺伝子レベルで実証したことである。

このように根井博士が開発した様々な解析手法は、進化生物学のみならず、保全生物学、生態学等の学問分野の発展にも幅広く貢献してきた。

また根井博士は、引用頻度の高い教科書を複数出版し、国際学会の創設やその学会誌の発刊に尽力するなど、若い学生の教育や進化生物学の啓蒙にも大きく寄与した。

以上の理由によって、根井正利博士に基礎科学部門における第29回(2013)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

進化生物学の理論と現実

子どもの頃の私は普通の少年で、特に科学者になりたいという気持ちはありませんでした。この状況は、1946年に戦時中の爆弾の発火装置が爆発して左目の視力を失ってしまい、一変しました。この事故で1ヶ月ほどの入院を余儀なくされましたが、その間に、生まれて初めて、自分のこれからの人生のことを真剣に考えました。私が集団遺伝学と進化に関心を持ったのは大学1年生の時でした。私が得意とする数学の知識を活かせるとわかったのが主な理由でした。当時の進化生物学は、非常に推論的で、形態学的形質の研究に基づいていましたが、これらの形質は環境要因に強く影響を受けるため、遺伝的変化の起こることを知るのが困難でした。一方、集団遺伝学は、より厳密で、遺伝子レベルでの進化、動植物の育種、及び臨床遺伝学の理論的な研究を扱うものでした。そこで、私は数理集団遺伝学の研究をすることに決め、この研究が生物の長期的な進化の理解に役立つものになるようにしたいと思いました。幸運なことに、1960年ごろに、進化の研究が分子レベルでも行われるようになりました。それで、私たちは分子データを考慮に入れた新しい進化理論を発表することができました。この時の私の最初の研究テーマの一つは、表現型進化への遺伝子重複の影響に関するものでした。この研究で、脊椎動物が多くの重複遺伝子と偽遺伝子(機能しない遺伝子)を持つことを予測しました。それから30年経って、ゲノム配列の研究が行われるようになり、その正しさが証明されました。私はまた、集団間の遺伝的相違の程度を測定する遺伝的距離の理論も開発しました。私はこの理論を人類に適用し、最初にアフリカ系とその他の人種に分岐したのがおよそ10万年前で、その後、非アフリカ系が残りの世界を占めるようになったと結論付けました。最近のゲノムデータもこの結論の主な論点を裏付けています。この遺伝的距離の理論は、現在では、進化生物学や様々な生物に関する保全生物学の分野で広く利用されています。さらに、私は系統樹作成のための近隣結合法も開発しました。この論文は、現在までに33,000回以上も引用されています。加えて、DNA配列レベルで自然淘汰の程度を測定する方法も開発しました。これは、進化研究の標準的手法として一般に利用されています。また、私は表現形質を制御する多くの免疫遺伝子と非免疫遺伝子の進化様式を解析しました。そして、これらの研究成果を基に、『Mutation-Driven Evolution(突然変異主動進化説)』(オックスフォード大学出版  2013年)と呼ぶ新しい進化理論を発表しました。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

分子集団遺伝学から比較ゲノム学へ

From Molecular Population Genetics to Comparative Genomics

日時
2013年11月12日(火)13:00~16:50
場所
国立京都国際会館
企画・司会
巌佐 庸[(審査委員会 委員長)九州大学 大学院理学研究院 教授]
主催
公益財団法人 稲盛財団
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
個体群生態学会、種生物学会、日本遺伝学会、日本植物学会、日本進化学会、 日本人類遺伝学会、日本人類学会、日本生態学会、日本組織適合性学会、 日本バイオインフォマティクス学会

プログラム

13:00
開会挨拶 巌佐 庸
受賞者紹介 五條堀 孝[(審査委員会 委員)国立遺伝学研究所 特任教授]
受賞者講演 根井 正利[基礎科学部門 受賞者]
「ダーウィンの進化理論と新しい突然変異主動進化説」
講演 斎藤 成也[国立遺伝学研究所 教授]
「人類進化と日本列島人の起源」
休 憩
講演 颯田 葉子[(専門委員会 委員)総合研究大学院大学 教授]
「MHC遺伝子の進化速度、進化様式、そして多型維持の機構」
講演 田村 浩一郎[首都大学東京 教授]
「分子進化遺伝学解析のバイオインフォマティクス」
講演 長谷部 光泰[(審査委員会 委員)基礎生物学研究所 教授]
「陸上植物の体制進化と食虫性を引き起こしたゲノム進化」
16:50
閉会
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