1998年先端技術部門バイオテクノロジー及びメディカルテクノロジー
クルト・ヴュートリッヒ 写真

クルト・ヴュートリッヒ
(Kurt Wüthrich)

  • スイス / 1938年10月4日
  • 構造生物学者
  • スイス連邦工科大学(ETH) 生物学部 学部長・分子生物学 教授

核磁気共鳴(NMR)法を発展させた溶液中における生体高分子の構造解析法開発による生物学への多大な貢献

核磁気共鳴(NMR)法という技術を発展させて、蛋白質や核酸などの生体高分子の立体構造を、それらが実際に機能する環境である溶液や生体膜の中にある状態のままで決定する方法を開発し、構造生物学、分子生物学に大きく寄与するとともに、バイオテクノロジーの発展に絶大な貢献をした。

プロフィール

略歴

1938年
スイス、アルベルグに生まれる
1962年
スイス、ベルン大学 化学、物理、数学を卒業
1964年
博士号取得(化学)、バーゼル大学、スイス
1972年
スイス連邦工科大学 助教授
1980年
同 分子生物学 教授
1995年
同 生物学部 学部長

主な受賞と栄誉

1986年
P・ブライランツ メダル、ルーヴァン・カトリック大学
1990年
スタイン・ムーア賞、蛋白質学会
1992年
マルセル・ブノワ賞、スイス
1993年
ルイ・ジャンテット医学賞、ルイ・ジャンテット財団、ジュネーブ
1996年
カイ・リンドストローム・ラング賞、カールスバーグ財団、コペンハーゲン
2002年
ノーベル化学賞
ドイツ科学アカデミー会員、ヨーロッパアカデミー会員、全米科学アカデミー外国人会員、日本生化学学会名誉会員

主な論文・著書

1978年

Dynamic model of globular Protein Conformations based on NMR studies in solution, with G. Wagner, Nature 275, 1978.

1986年

Studies by 1H nuclear magnetic resonance and distance geometry of the solution conformation of the -amylase inhibitor Tendamistat, A. D. Kline and others, J. Mol. Biol. 189, 1986.

1989年

Protein structure determination in solution by nuclear magnetic resonance spectroscopy, Science 243, 1989.

1991年

Protein hydration in aqueous solution, with G. Otting and other, Science 254, 1991.

1992年

NMR determination of residual structure in a urea-denatured protein, the 434 repressor, with D. Neri and others, Science 257, 1992.

1996年

NMR structure of the mouse prion protein domain PrP (121-231), with R. Riek and others, Nature 382, 1996.

1986年

NMR of Proteins and Nucleic Acids, Wiley, New York, 1986.

贈賞理由

核磁気共鳴(NMR)法を発展させた溶液中における生体高分子の構造解析法開発による生物学への多大な貢献

ヴュートリッヒ博士は、核磁気共鳴(NMR)法を発展させて、蛋白質や核酸などの生体高分子の立体構造を、それらが実際に機能する環境である溶液や生体膜の中にあるがままで決定する方法を開発し、構造生物学、分子生物学の発展に多大な貢献をした。

従来、構造生物学の分野においては、生体高分子を結晶化して解析するX線結晶解析が主流であったが、結晶化できない物質の解析はできず、また生理活性発現の場である溶液状態での立体構造解析は不可能であった。博士は核磁気共鳴(NMR)を使い、電子と核の相互作用により起こる核オーバーハウザー効果(NOE)から原子間の距離情報を求め、立体構造を構築するディスタンスジオメトリーという独創的なアイデアで、溶液中での蛋白質の構造を原子レベルで決定する方法を開発した。この方法は、測定法や解析技術の開発のほか、計算機による構造決定のアルゴリズムからグラフィックスツールに至るまでの広範な技術が融合されたもので、博士の研究者としての卓越した資質なくしては成し得なかった快挙である。博士の開発したNMR法で決定された生体高分子の立体構造の数は、現在までに構造が決められた蛋白質の1/5、数にして1,200個にも及んでいる。

博士自身も、DNA結合蛋白質、薬理作用を持つ神経ペプチド、サイトカインなど多種多様にわたる生物学的に重要な生体高分子の立体構造を決定している。特に最近の狂牛病にかかわるプリオン蛋白質や、免疫抑制に重要な意味を持つサイクロスポリンA-サイクロフィリン複合体などの立体構造解析は、この手法が生物学的、医学的応用に重要な貢献をした好例となっている。

博士の業績はこの立体構造決定技術の開発に留まらない。従来の蛋白質像は、結晶構造から得られる静止画像的イメージに基づくものであったが、NMR法では、水溶液中で様々な時間スケールで揺れ動くダイナミックな状態で観察が可能なため、博士はこの分子運動を積極的に測定し、蛋白質の運動性を定量化する手法をも開発した。こうして測定された蛋白質の運動性は、酵素活性や分子認識能などの機能と密接な相関を示す新しい蛋白質像を構築するものであった。これは新規生体分子の機能の解析に有力な情報を与えるとともに、ドラッグデザインなど蛋白質の工学的利用にも大きな影響をもたらし、バイオテクノロジーの発展に大きく貢献した。

このように、博士は蛋白質などの生体分子の構造-機能相関を研究する構造生物学に新しい方法論を築くとともに、複雑な生命現象の機構解明への突破口を開き、構造生物学、分子生物学の発展に大きく寄与している。よって、ヴュートリッヒ博士に先端技術部門における本年の京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

自然から自然科学へ

私はスイスの小さな田舎町で生まれ育ちましたので、幼少期には自然と親しんで過ごし、植物や動物を詳細に観察したものでした。大学では、数学、物理学、化学、体育学の学位を取得し、競技スポーツへの参加が大切な趣味となりました。工科大学の教授職に就いたこともありましたが、今日では、構造生物学の研究で核磁気共鳴(NMR)法を用いたハイテクの仕事に従事しており、勤務する大学の生物学部の学部長も務めております。今回の講演では、人生のいくつかの重要な時期について振り返り、長年にわたって遂行してきた様々な活動が、科学者ならびに人間としての自分の成長に、どのように影響を及ぼしたかを思い起こしてみたいと思います。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

構造生物学におけるNMR―歴史と展望―

NMR in Structural Biology-History and Perspectives

日時
1998年11月12日(木)
場所
国立京都国際会館
企画
松原 謙一 先端技術部門専門委員会委員長、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科教授     
京極 好正 大阪大学蛋白質研究所所長
司会
京極 好正

プログラム

13:00
開会
挨拶 稲盛 豊実 稲盛財団常務理事
挨拶 松原 謙一
13:15
業績紹介 京極 好正
13:20
記念講演 クルト・ヴュートリッヒ 受賞者
「NMR分光学と構造生物学」
14:10
座長挨拶 稲垣 冬彦 東京都臨床医学総合研究所生理活性物質研究部門部長
講演 荒田 洋治 機能水研究所所長
「NMR研究におけるヴュートリッヒ教授の役割」
講演 甲斐荘 正恒 東京都立大学理学部教授
「NMR研究の展望」
15:10
15:30
座長挨拶 郷 信広 京都大学大学院理学研究科教授
講演 永山 国昭 岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授
「チューリッヒの3年間-蛋白質2次元NMRの爆発」
16:00
座長挨拶 西村 善文 横浜市立大学大学院総合理学研究科教授
講演 白川 昌宏 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科助教授
「分子生物学とNMR」
講演 横山 茂之 東京大学大学院理学系研究科教授
「NMRによる構造ゲノム科学」
17:00
質疑応答
17:25
閉会の辞 松原 謙一
17:30
閉会
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