1998年基礎科学部門数理科学(純粋数学を含む)
伊藤 清 写真

伊藤 清
(Kiyosi Itô)

  • 日本 / 1915年-2008年
  • 数学者
  • 京都大学 名誉教授

諸科学への広範な応用をもたらした確率微分方程式論の創始による確率解析学への多大な貢献

確率解析の研究、特に確率微分方程式論の創始により、自然や社会における偶然的要素を持つ運動や現象の研究に画期的な進展をもたらし、数理科学のみならず、物理学、工学、生物学、経済学の諸分野の発展にも大きな貢献をした。
[受賞当時の対象分野: 数理科学]

プロフィール

略歴

1915年
三重県に生まれる
1938年
東京帝国大学理学部数学科卒業
1939年
内閣統計局
1943年
名古屋帝国大学理学部 助教授
1945年
博士号取得 東京帝国大学
1952年
京都大学 教授
1954年
プリンストン高等研究所 研究員
1966年
オールフス大学 教授
1969年
コーネル大学 教授
1976年
京都大学数理解析研究所 所長
1979年
学習院大学 教授
1979
京都大学 名誉教授

主な受賞と栄誉

1978年
朝日賞
1978年
恩賜賞、学士院賞
1985年
藤原賞
1987年
ウルフ賞、イスラエル
2006年
ガウス賞
フランス科学アカデミー外国人会員、日本学士院会員、パリ第6大学名誉博士、スイス連邦工科大学名誉博士、ワーリック大学名誉博士、全米科学アカデミー外国人会員

主な論文

1942年

On stochastic processes (1) (infinitely divisible laws of probability) , Japanese Journal of Mathematics 18, 1942.

1951年

On a formula concerning stochastic differentials, Nagoya Mathematical Journal 3, 1951.

1951年

On stochastic differential equations, Memoirs of the American Mathematical Society 4, 1951.

1965年

Diffusion Processes and Their Sample Paths, Grundlehren der Math. Wiss. 125 (with H. P. McKean, Jr.) Springer-Verlag, 1965.

1987年

Selected Papers (D. W. Stroock and S. R. S. Varadhan, eds.) Springer-Verlag, 1987.

贈賞理由

諸科学への広範な応用をもたらした確率微分方程式論の創始による確率解析学への多大な貢献

伊藤博士は確率解析の研究、特に確率微分方程式論の創始により、自然や社会における偶然的要素をもつ運動や現象の研究に画期的な進展をもたらし、数理科学のみならず、物理学、工学、生物学、経済学の諸分野の発展にも大きな貢献をした。

花粉の微粒子について植物学者ブラウンによって最初に観察された粒子のブラウン運動は、20世紀になると、アインシュタインやペラン等の物理学者により研究が進められた。これらの研究を背景として、1923年にウィーナーがルベーグ積分の概念に基づき経路空間上の確率として数学的基礎を築いたことにより、確率解析の歴史が始まった。伊藤博士は1942年、確率積分の概念と、それにともなう解析学を基礎から始めて理論の再構築を行い、偶然の要因をもつ運動を定式化した確率微分方程式論を創始した。この理論の出現により、その後の確率解析研究は飛躍的な発展を遂げた。

確率微分方程式は、ブラウン運動をはじめとする偶然性に支配される運動の連続的な軌跡を記述する運動方程式であり、その解によって一般の拡散運動を記述する経路空間上の確率が構成されるものであるが、1950年頃から偏微分方程式論、ポテンシャル論、調和積分論、微分幾何学、調和解析など広範な数学での研究、および理論物理学との関連で新たな展開がなされていった。

今日では、多くの研究者により経路空間上における微分積分学が確立され、漸近理論や、微分幾何学の再構築が試みられるに至っているが、博士の理論は、今日なお確率解析の基本的な部分として生き続けている。

また、この理論は偶然性をともなう現象の解析において、数学以外の多くの分野にも応用されるようになり、現在、物理学を始め、集団遺伝学、確率制御理論などの自然科学の分野のみならず、経済界における数理ファイナンスなどでも「伊藤解析」を使って計算するのが常識化している。実際、金融の現場ではそれは「伊藤の公式」としてよく知られている。

このように、20世紀における確率解析の体系的発展の端緒を作り、その後の発展において常にその中心として活躍した伊藤博士の業績は、数学としての内容の深さ、および他分野とのかかわりの広さにおいて特筆すべきものがあり、まさに今世紀を代表する数理科学の基礎理論のひとつというべきものである。 よって、伊藤博士に基礎科学部門における本年の京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

確率論と歩いた60年

一見無秩序に見える現象の中に統計的法則があるという事実に、学生時代から心を惹かれていて、これを解明する数学が確率論だと感じていましたが、当時の確率論の論文や著作には、確率論の基礎概念である確率変数に明確な定義が与えられていない点が不満でした。19世紀末に実数の厳密な定義が与えられ、初めて現代的な数学体系といえるようになった微分積分学などに比べて、数学の一分野といえるかどうか、疑問視する数学者も多く、確率論の研究者は、世界でもロシアのコルモゴルフ、フランスのポール・レヴィーなど数えるほどでした。

大学を卒業した昭和13年(1938)から、名古屋大学に助教授の職を得た昭和18年(1943)までの5年間、私は内閣統計局に勤めていましたが、川島局長(秋篠宮妃紀子様の御祖父)の御配慮で、自由な時間が多く、コルモゴルフの『確率論の基礎概念』(1933)、ポール・レヴィーの『独立確率変数の和の理論』(1937)などを読んで、自分の研究を続けました。レヴィーの理論の叙述は、新しい分野の開拓者の仕事らしい直観的な把握にもとづく部分が多く難解というのが定評でした。私は、これをコルモゴルフ流の厳密な論理で叙述しようと試み、アメリカのドウブが導入した正則化という概念を用いて、孤独な苦心を重ねた結果、目的を達することができました。これが私の最初の論文で、現在では私の方法でレヴィーの理論を叙述するのが普通になっています。

数学者は、厳密な数学体系を「美しい音楽」あるいは「壮麗な建築」と感じています。しかし、音楽理論を全く知らなくても、モーツアルトの音楽に感動し、宗教的知識がなくてもケルンの大聖堂の美しさを感じることができるのに対して、数学体系の美しさは、論理法則を表現する数式群を理解することなしには、見ることも聞くこともできません。数式の並ぶ論文の楽譜を読みとり、心の中で演奏することのできる研究者にだけ聞こえる音楽の美しさ、それを伝えることができるのは、やはり数式だけだと思っていました。

瞬間ごとに偶然的要素が介入する現象を記述するのに、現在広く用いられている確率微分方程式は、「伊藤の公式」とも呼ばれていますが、論文の発表当時は殆ど注目されませんでした。発表から10年以上たって、多くの数学者が私の論文の「楽譜」を読みとり、新しい自分の演奏をすることで、この理論の発展に寄与してこられました。さらに近年、数学以外の分野でも多様な演奏がされ、抽象的な数学の美しさだけでなく、現実の世界での大きい響きを聞けるようになったことは、私にとって望外の喜びです。多数の研究者の方々と、暗中模索の時代に、未完成の仕事から微かな楽音を聞き取って、私を励まして下さった先生方に、心からの感謝をささげて、京都賞受賞の喜びとしたいと思います。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

確率解析から数理ファイナンスまで-20世紀確率論の展開

From Stochastic Analysis to Mathematical Finance-Development of 20th Century Probability Theory

日時
1998年11月12日(木) 13:10~17:20
場所
国立京都国際会館
企画・司会
高橋 陽一郎 基礎科学部門専門委員会委員、京都大学数理解析研究所教授

プログラム

13:10
開会
挨拶 稲盛 豊実 稲盛財団常務理事
挨拶 小田 忠雄 基礎科学部門専門委員会委員長、東北大学大学院理学研究科教授
13:20
受賞者紹介 西尾 眞喜子 大阪電気通信大学工学部教授
13:40
講演 池田 信行 立命館大学理工学部教授
「伊藤清先生と確率解析の誕生」
14:30
講演 青本 和彦 基礎科学部門審査委員会委員、名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授
「ガウス型積分と特殊関数」
15:10
15:30
講演 楠岡 成雄 東京大学大学院数理科学研究科教授
「確率解析と数理ファイナンス」
16:10
講演 渡辺 信三 京都大学大学院理学研究科教授
「伊藤解析とマリアヴァン解析」
16:50
質疑応答
17:20
閉会
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