2004年思想・芸術部門思想・倫理
ユルゲン・ハーバマス 写真

ユルゲン・ハーバマス
(Jürgen Habermas )

  • ドイツ / 1929年6月18日
  • 哲学者・思想家
  • フランクフルト大学 名誉教授

コミュニケーション行為論、討議倫理学など、社会哲学理論の構築および公共性に根ざした理想社会実現への実践的活動を行った哲学者

現代社会において理論(認識論)と実践(倫理学・社会哲学)とを共に射程に収め、コミュニケーションという行為や討議による合意形成について社会哲学としての論理構築を行い、ありうべき人間社会の姿を描き出してきた。卓越した理論家であるばかりでなく、社会的な実際問題に関しても自らの哲学を基軸に据えて積極的に発言し、社会に多大な影響を与えた。
[受賞当時の対象分野: 哲学・思想]

プロフィール

略歴

1929年
デュッセルドルフに生まれる
1949年
ゲッティンゲン、チューリッヒ、ボンの各大学で学ぶ
1954年
ボン大学 博士号(哲学)
1956年
フランクフルト社会研究所に所属、アドルノの弟子となる
1961年
教授資格論文を、ヴォルフガング・アーベントロートのもとで マールブルク大学へ提出
1961年
ハイデルベルク大学 教授
1964年
フランクフルト大学 哲学・社会学教授
1971年
マックス・プランク 「科学技術的世界の生活条件研究のための」 研究所 所長
1980年
マックス・プランク社会科学研究所 所長
1983年
フランクフルト大学 哲学・社会学教授 (1994年より名誉教授)
1994年
ノースウェスタン大学 常任客員教授

主な受賞と栄誉

1974年
ヘーゲル賞、シュツットガルト市(ドイツ)
1976年
ジクムント・フロイト賞、ドイツ言語文芸アカデミー
1980年
アドルノ賞、フランクフルト市(ドイツ)
1985年
ショル兄妹賞、ミュンヘン市(ドイツ)
1987年
ゾニング賞、コペンハーゲン大学(デンマーク)
2003年
スペイン皇太子賞 社会科学部門、スペイン皇太子財団



主な論文

1962年

Strukturwandel der öffentlichkeit. Neuwied-Berlin: Luchterhand. 1962. (『公共性の構造転換』 細谷貞雄訳 未來社 1973)

1968年

Erkenntnis und Interesse. Frankfurt am Main: Suhrkamp, 1968. (『認識と関心』 奥山次良他訳 未來社 1981)

1981年

Theorie des kommunikative Handelns. Frankfurt am Main: Suhrkamp, 2 Bände, 1981. (『コミュニケーション的行為の理論』 河上倫逸、M.フーブリヒト、平井俊彦訳 上、中、下 未來社 1985)

1992年

Faktizität und Geltung. Beiträge zur Diskurstheorie des Rechts und des demokratischen Rechtsstaats. Frankfurt am Main: Suhrkamp, 1992. (『事実性と妥当性―法と民主的法治国家の討議理論にかんする研究』 河上倫逸、耳野健二訳 上、下 未來社 2002)

贈賞理由

コミュニケーション行為論、討議倫理学など、社会哲学理論の構築および公共性に根ざした理想社会実現への実践的活動を行った哲学者

ハーバマス教授は、現代社会において理論と実践とを共に射程に収め、それらを「コミュニケーション行為」の観点から統合的に理解する道を拓くことによって、ありうべき人間社会の姿を描き出してきた、現代を代表するドイツの哲学者・思想家である。

ハーバマス教授は1962年の著書『公共性(圏)の構造転換』で一躍有名となった。ここで教授は、ヨーロッパ近代市民社会における「市民的公共圏」の成立の歴史を論じ、それがやがて専門家と大衆への二極分化によって変質し、テクノクラートと大メディアの支配下で形式的な大衆民主主義に堕していることを鋭く批判した。この公共圏の概念は、現在もなお活発に論争されており、教授の問題提起の先駆性とその持続的影響力の強さを示している。

教授の社会哲学は、さらに70年代の著書『コミュニケーション行為の理論』に集大成された。ここで教授は、人間には暴力・抑圧に支配されずに対話を交わし、相互理解に到達する「コミュニケーション的理性」の力があるとし、強制や支配のないコミュニケーションによって生み出される合意形成のあり方を追求した。こうした考察を基盤に、普遍的な社会規範の構築をコミュニケーション論の観点から基礎づけようとしたのが「討議倫理学」である。

教授は、討議倫理学の確立を通して生活世界とシステムの接合を図り、著書『事実性と妥当性』を発表した。ここでは立憲民主的法治国家制度を討議倫理学の観点から検討し、手続主義的な法理論と審議的デモクラシーという立場により制度の正当化理論を展開した。

ハーバマス教授の影響は、哲学や倫理学のみならず、社会学、政治学、法学などの各分野に及んでいる。また、その影響は英語圏や仏語圏に留まらず、日本をはじめとするアジア地域にまで広がっており、常に学界や論壇の議論をリードする役割を果たしてきた。

激動する時代にあって、ハーバマス教授は、「普遍主義」の旗を高く掲げ、そこから個人権、政治的自由、民主主義の理念を基礎づけるとともに、人類の未来への肯定的展望を倦まず語り続け、現実の社会・政治問題についても活発な発言を続け、ドイツ・ヨーロッパの政策などに多大な影響を与えてきた。

以上の理由によって、ユルゲン・ハーバマス教授に思想・芸術部門における第20回(2004)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

私の哲学のルーツ - 2つの概念「社会的空間と政治的公共圏」

本日は、私自身についてお話しするようにとのことのですので、私の研究の基本的理論の枠組みを築く生い立ちについてお話ししたいと思います。具体的には、幼年期、学齢期、青年期、そしてその後というこれまでの人生で起こった4つの出来事やチャレンジについて順にお話しします。

(1) ヒトという生物は、比較対象たる他者との交流の場、すなわち社会的空間に足を踏み入れて初めて「個人」としての性格を獲得します。自我と他我は深く結びついた相互依存関係にあるため、人の心は社会的空間の象徴的構造と内容により形成されます。理性の持つ社会性や、他者との交わりを経ずしては「個人」に成り得ない人間の脆弱性について私が意識するようになったきっかけは、幼い頃の辛い闘病体験でした。

(2) 人間の社会性に関する考察から始まった私の研究は、やがて、言語の語用論的概念および万人への等しい尊敬と関心という道徳理論の双方に対する間主観的アプローチへと発展していきました。今にして思えば、こうした考え方の背景には、就学後直面する辛い体験があります。言語障害があった私は、先生や級友とうまく話ができず、いじめや仲間はずれに合いました。

(3)、(4) 最大の衝撃的事件は、世界史的な節目となった1945年のナチス政権崩壊と続く新生ドイツの船出です。幸運にも私たちの世代はその当時道徳的に敏感な思春期を迎えていたため、過去の誤った伝統を是正し、安定した民主主義社会を築くという課題を自らの責務として認識することができました。この1945年の政治的転換は、当時だけではなく現在も学者、教育者、一般識者としての私に影響を与えています。あの経験がなければ民主主義の実現において政治的対話と合意形成が果たす役割の重要性や、生涯互いを知らない市民から成る複雑な社会を一つにまとめることのできる唯一の体制の誕生と再生に、健全な公共圏が不可欠であるということを、理解することもなかったでしょう。

【関連情報】
記念講演会(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

自由と決定論―自由意志は幻想か?

Freedom and Determinism Is Human 'Freedom of Will' an Illusion?

日時
2004年11月12日
場所
国立京都国際会館
企画・司会
合庭 惇 [(専門委員会 委員)国際日本文化研究センター 教授]

プログラム

1:00
開会
挨拶 坂部 恵 [(専門委員会 委員長)桜美林大学 文学部 客員教授]
受賞者紹介 合庭 惇
受賞者講演 ユルゲン・ハーバマス
自由と決定論―自由意志は幻想か?
休憩
パネル討論 「自由と決定論―自由意志は幻想か?」
コーディネータ  三島 憲一 [東京経済大学 教授・大阪大学 名誉教授]
講演 西川 伸一 [理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター副センター長]
「イデオロギーとしての生命科学」
講演 門脇 俊介 [東京大学 大学院総合文化研究科 教授]
「自由と「理由の空間」」
講演 水谷 雅彦 [京都大学 大学院文学研究科 助教授]
「コミュニケーション的自由の条件 ―科学技術的議論における「素人」の位置」
討論 司会:三島 憲一
パネリスト:ユルゲン・ハーバマス 、合庭 惇、門脇 俊介、西川 伸一、水谷 雅彦(五十音順)
質疑応答
5:30
閉会
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