2011年先端技術部門材料科学
ジョン・ワーナー・カーン 写真

ジョン・ワーナー・カーン
(John Werner Cahn)

  • アメリカ / 1928年-2016年
  • 材料科学者
  • 米国国立標準技術研究所 名誉上級研究員/ワシントン大学 客員教授

スピノーダル分解理論の構築によるアロイ材料工学への多大な貢献

アロイ材料内で起きるスピノーダル分解の研究に取り組み、系の自由エネルギーに歪みエネルギーの項を取り入れた理論を確立し、アロイ材料の機能を最大限に引き出す最適な微細構造の予測を可能にした。この理論によって、アロイ材料開発の設計指針が確立され、材料科学の進展のみならず、素材産業への発展にも大きく貢献した。

プロフィール

略歴

1928年
ドイツ ケルン生まれ
1953年
カリフォルニア大学バークレー校 博士号(物理化学)
1952年
シカゴ大学 金属材料研究所 講師
1954年
ゼネラル・エレクトリック社 冶金およびセラミックス開発研究室 助手
1964年
マサチューセッツ工科大学 材料科学科 教授
1977年
米国国立標準局 材料科学センター 研究員
1984年
米国国立標準技術研究所 材料理工学研究室 上級研究員
1984年
ワシントン大学 客員教授
2006年
米国国立標準技術研究所 名誉上級研究員

主な受賞と栄誉

1977年
アクタ・メタラージカ ゴールド・メダル
1985年
フォン・ヒッペル賞、米国材料学会
1994年
ゴールド・メダル、日本金属学会
1998年
米国国家科学賞
2002年
バウアー賞、フランクリン協会
会員
米国科学アカデミー、米国芸術科学アカデミー、米国工学アカデミー、日本金属学会

主な論文

1968年

Spinodal Decomposition. The 1967 Institute of Metals Lecture, TMS AIME 242:166-180, 1968

1979年

A Microscopic Theory for Antiphase Boundary Motion and Its Application to Antiphase Domain Coarsening (Allen, S. M. and Cahn, J. W.). Acta Metallurgica 27: 1085-1095, 1979

1984年

A Metallic Phase with Long-Ranged Orientational Order and No Translational Symmetry (Shechtman, D. S., Blech, I., Gratias, D. and Cahn, J. W.). Physical Review Letters 53: 1951-1953, 1984

1985年

The Interactions of Composition and Stress in Crystalline Solids (Larch, F. C. and Cahn, J. W.). Acta Metallurgica 33: 331-367, 1985

1996年

The Cahn-Hilliard Equation: Motion by the Laplacian of the Mean Curvature (Novick-Cohen, A., Cahn, J. W. and Elliott, C. M.). European Journal of Applied Mathematics 7: 287-301, 1996

贈賞理由

スピノーダル分解理論の構築によるアロイ材料工学への多大な貢献

一般に使用されている構造材料あるいは機能材料は、単一成分で構成されているものは少なく、異なる成分を組み合わせた混合系(アロイ)である。アロイ材料において望ましい材料特性や機能を発揮させるには、材料を構成する各成分の組合せおよびアロイの組成の分布など組織構造の制御が不可欠である。1950年代までは、アロイ材料の特性や機能を最大限に発揮させるための各成分の選択と組織構造の制御は試行錯誤で行われており、アロイ材料の特性や機能を最適・最高にするための設計指針が強く求められていた。

アロイ材料の組織構造は、混合系の自由エネルギーの減少の過程で捉えることができる。しかし、1950年代の熱力学では均一系の材料しか取り扱えず、異種の成分が混合されて生じる組成のゆらぎなどの微細組織構造の制御は、均一系自由エネルギーの概念では取り扱いが不可能であった。

ジョン・ワーナー・カーン博士は、マッツ・ヒラート博士が構築した一次元スピノーダル分解理論を三次元空間に拡張するとともに、歪みの効果も取り入れ、アロイ材料物性を所望のものとするための設計指針を提示した。すなわち、アロイ材料に最適な物性や機能を発揮させるための組成ゆらぎは、自由エネルギーに弾性歪みエネルギーを加えたスピノーダル分解に基づく材料組織形成理論で決定できることを初めて提示し、微細組織を定量的に取り扱う方法を提案した。この理論は、優れた物性や機能が求められる金属、ガラス、半導体、高分子、耐熱材料、磁性材料などの設計と製造に適用されている。さらに、近年盛んに研究が進められている組織形成シミュレーション法であるフェーズ・フィールド法も、カーン博士の研究が基礎になっている。

以上のように、カーン博士は、スピノーダル分解によるアロイ材料の微細組織構造の形成と制御が、歪みエネルギーを加味した自由エネルギーによって決定されることを初めて提唱し、アロイ材料の物性や機能を最大限に引き出す最適な微細組織の予測を可能にした。この理論により、アロイ材料開発の設計指針が確立され、材料科学の進展のみならず、素材産業への展開にも大きく貢献した。

以上の理由によって、ジョン・ワーナー・カーン博士に先端技術部門における第27回(2011)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

新しいパラダイムを求めて

ずいぶん前になりますが、中堅の研究者だった頃、トーマス・クーンの名著『科学革命の構造』を読みました。その時、私は、物理化学の世界を離れて冶金学者になってよかった理由をようやく見つけました。冶金学は、パラダイム構築の途上にあって、私には刺激的な学問だったのです。私は、学生や研究仲間に、クーンを読めば自分にふさわしい分野を見つける助けになるとよく言ったものです。ほとんどの研究者は、学問の権威や確かさから確立された法則のある研究を選択しました。一方で、パラダイムが与えられる前の科学分野で、それゆえに深い理解が存在せず、慎重な観察を行う研究者もいました。さらに、進取の気性に富んだ少数の研究者はパラダイムを構築したいと考えていました。

子供の頃、私はよく難しい質問をしました。そして、徐々に自然科学に引き込まれていき、24歳の時に物理化学の博士号を取得しました。クーンは物理化学を確立した法則のある成熟した科学であると指摘しています。化学者のほとんどは、これらの法則を頼みにすることで、研究の完璧性を期することができ、それに満足していました。しかし、法則のない周辺分野の研究をする研究者もいました。彼らの研究は冷ややかな目で見られていましたが、私は、その中にも興味深いものがあると思いました。固体は不活性であり、化学者の興味の対象ではないと教わりましたが、固体物理学を学んでみると、違った風に思いました。冶金とセラミックスは、古くからの技術でしたが、ニュー・サイエンスに提供される魅力ある技術的知識が非常に多くありました。私は、化学の立場から固体を研究する学問分野を作り出す可能性に興味を持ち、シカゴ大学の金属材料研究所に職を得て、それに取り組みました。2年後、世界的なゼネラル・エレクトリック研究所の冶金及びセラミックス開発研究室に移るという幸運に恵まれました。この研究所は、他の研究者から独立した研究を期待し、非常に基礎的な研究から新しい応用研究まで、あらゆる研究活動を支援していました。時には商品問題の解決を依頼されることもありましたが、その時でさえ、より深く掘り下げ、科学的に欠落しているものを突き止め、適切な解決策を提供する機会が与えられました。私は、そのような環境の中で開花し、ほどなく広く認められるようになりました。私は研究の独立性を大切にし、その後のマサチューセッツ工科大学や米国国立標準技術研究所でもそれを守りました。驚いたことには、私たちが冶金学で構築したパラダイムの多くが、広く自然科学の分野で、また一部の社会科学の分野で、普遍的に適用、利用されています。そのいくつかについては本日の講演の中で紹介したいと思います。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

多元系材料科学・工学への社会貢献と将来像

“Materials Science and Engineering of Multi-component Systems and the Future Prospects”

日時
平成23年11月12日(土) 13:00~17:30
場所
国立京都国際会館
企 画
梶山 千里 [(審査委員会 委員長) 福岡女子大学 理事長・学長]、 村上 正紀 [(専門委員会 委員長) 学校法人 立命館 副総長]、榊 裕之 [(専門委員会 委員) 豊田工業大学 学長]
司 会
村上 正紀
主催
公益財団法人 稲盛財団
後援
京都府、京都市、NHK
協賛
応用物理学会、軽金属学会、高分子学会、日本化学会、日本金属学会、日本鉄鋼協会、日本物理学会(五十音順)

プログラム

13:00
開会挨拶受賞者紹介 梶山 千里
受賞者講演 ジョン・ワーナー・カーン[先端技術部門 受賞者]
「スピノーダル分解の観点からの多元系材料における熱的安定性について」
セッションI 座長:前川 禎通 [(専門委員会 委員) 日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター長]
講演 毛利 哲夫 [北海道大学 大学院工学研究院 教授]
「スピノーダル理論を源流とする理論材料科学、計算材料科学の進展」
セッションII 座長:北澤 宏一 [(審査委員会 委員) 科学技術振興機構 理事長]
話題提供① 田中 一宜 [科学技術振興機構 上席フェロー]
「21世紀の材料科学・技術の緊急課題」
話題提供② 岸 輝雄 [物質・材料研究機構 顧問]
「大学での材料科学の教育と今後の研究」
パネル討論 司会パネリスト 「材料科学・工学の将来像」
北澤 宏一
ジョン・ワーナー・カーン
岸 輝雄
田中 一宜
前川 禎通
毛利 哲夫
17:30
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