2007年先端技術部門材料科学
井口 洋夫 写真

井口 洋夫
(Hiroo Inokuchi)

  • 日本 / 1927年-2014年
  • 化学者
  • 東京大学名誉教授/自然科学研究機構 分子科学研究所名誉教授

有機分子エレクトロニクスへの先駆的・根幹的貢献

複数のベンゼン環を含む有機分子間の電気伝導に関する研究を先駆的に進め、有機物質の電気伝導性に関する科学の礎を築いた。また、多種の有機物質の光電子分光計測を先導的に進め、電子構造を系統的に明らかにした。これらの研究により、有機物質の電子的な研究に必須の学術基盤を築き、その後の有機分子エレクトロニクスの発展に根幹的な貢献を果した。

プロフィール

略歴

1927年
広島市生まれ
1950年
東京大学 理学部 助手 (1955-1957年 ノッティンガム大学 ラムゼーフェロー)
1956年
東京大学 理学博士
1959年
東京大学 理学部 助教授
1960年
東京大学 物性研究所 助教授
1967年
東京大学 物性研究所 教授
1975年
東京大学 名誉教授
1975年
岡崎国立共同研究機構 分子科学研究所 教授
1987年
岡崎国立共同研究機構 分子科学研究所 所長
1993年
岡崎国立共同研究機構 機構長
1995年
岡崎国立共同研究機構(現自然科学研究機構) 分子科学研究所 名誉教授
1996年
宇宙開発事業団 宇宙環境利用研究システム長
2001年
財団法人 国際高等研究所 学術参与
2003年
宇宙航空研究開発機構 顧問
2005年
自然科学研究機構 分子科学研究所 特別顧問
2006年
財団法人 日本宇宙フォーラム 会長

主な受賞と栄誉

1965年
日本学士院賞
1978年
日本化学会賞
1989年
藤原賞(藤原科学財団)
1994年
文化功労者
2001年
文化勲章
会員
日本学士院、中国科学院

主な論文

1950年

On the Electrical Conductivity of Violanthrone, Iso-Violanthrone and Pyranthrone, The Journal of Chemical Physics 18: 810-811 (Akamatsu, H. and Inokuchi, H.), 1950.

1954年

Photoconductivity of Condensed Polynuclear Aromatic Compounds, Bulletin of the Chemical Society of Japan 27: 22-27, 1954.

1954年

Electrical Conductivity of the Perylene-Bromine Complex, Nature 173: 168-169 (Akamatu, H., Inokuchi, H. and Matsunaga, Y.), 1954.

1961年

Electrical Conductivity of Organic Semiconductors, Solid State Physics 12: 93-148 (with Akamatsu, H.), 1961.

1964年

「有機半導体」、槇書店、201頁

1986年

A Novel Type of Organic Semiconductors. Molecular Fastener. Chemistry Letters: 1263-1266 (with Saito, G., Wu, P., Seki, K., Tang, T.B., Mori, T., Imaeda, K., Enoki, T., Higuchi, Y., Inaka, K. and Yasuoka, N.), 1986.

贈賞理由

有機分子エレクトロニクスへの先駆的・根幹的貢献

井口洋夫博士は、1940年代後半から複数のベンゼン環を含む有機分子に着目し、分子間の電気伝導に関する先駆的な研究を進め、これが半導体的な性質を示すことを初めて見出した。さらに、有機分子群に電子受容性物質を加えると、電気伝導率が飛躍的に高まり、有機の伝導体となることを発見し、有機物質の電気伝導性に関する科学の礎を築いた。さらに、井口博士は、多種の有機物質を対象に光電子分光計測を先導的に進め、それらの電子構造を系統的に明らかにした。井口博士は、これら一連の研究により、有機物質の電子的な性質や機能を理解し活用する上で必須の学術基盤を築き、有機分子エレクトロニクスのその後の発展に根幹的な貢献を果した。

井口博士は、1950年前後に、赤松秀雄博士と共同でベンゼン環を9個含む有機物であるビオラントロン分子間の電気伝導特性を体系的に調べる先駆的研究を行い、この有機物質が、無機物質と同様に、半導体的な伝導性を持つことを見出した。さらに、ペリレンなどの有機物質に臭素やヨウ素などの電子受容性物質を添加すると、2成分の間で電子が移動し、電荷密度の高い電荷移動錯体が形成されて、電気伝導率が桁違いに高まることを、赤松博士と松永義夫博士と共同で発見した。これらの先駆的研究が契機となり、その後半世紀にわたって導電性有機物質に関する科学が著しく進展し、それを利用する新たな技術体系の基盤も確立された。さらに、井口博士は、有機物質の電子構造を解明するために光電子分光の研究を系統的に進め、多くの有機物質に関し、そのイオン化エネルギーなどを決定した。この研究で得られた電子構造に関する系統的な知見は、その後に有機発光素子(EL素子)などを設計・実現する上でも重要な役割を果している。

これら井口博士の先駆的研究は、その後半世紀にわたり著しく発展してきた導電性有機物質に関する科学の礎となった。また、有機物質の電子的機能を活用する技術の誕生と発展の基盤ともなり、有機EL素子や有機トランジスタへの応用など有機分子エレクトロニクスの確立に根幹的な貢献をなした。さらに、井口博士は、有機分子の科学と技術の分野において優れた人材と研究グループを育て、電子機能性有機物質の世界的研究拠点を築き、国際的な学術交流にも大きく貢献している。

以上の理由によって、井口洋夫博士に先端技術部門における第23回(2007)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

私の化学研究の旅路―人から学び、物に学ぶ―

私の化学研究の旅は、昭和22年(1947年)4月、東京大学理学部化学科の後期学生(3年生)として、鮫島実三郎先生の研究室に加わったときから始まりました。戦後の悲惨な研究室には、新着の文献は皆無でしたが、恩師、先輩の直接の教授は珠玉の宝でした。かくして私の旅路は“人から学ぶ”ことに始まりました。これは60年を経たいまの2007年まで、変わることはありません。その記録は、私の旅路そのものです。その中には、激励もあれば、叱咤もあり、またきびしい説教もありました。ここでは、その一つだけに触れ、数々の貴重な記憶は当日の話題といたします。その一つとは、私の分子科学研究所(1975-1996)で迎えた還暦の会(1987年、4月5日)で戴いた恩師赤松秀雄教授からの一句「省みて、春あり夏も送りけり、秋豊穣の季迎うべし」です。

私の生き様にもう一つ、「物に学ぶ」があります。化学は物質(もの)を造り、その本質を知る学問です。私の最初の出会いは卒業実験の課題、炭素粉末カーボン・ブラック)の電気抵抗測定です。用いた物質の「カーボン・ブラックは、絶えず燃えている」とする示唆は私の一生の研究課題、有機半導体に突入する大きな力となりました。地球上にある物質(もの)は、天然、合成を含めて約1億種近くあります。そして化学を専攻する者は、必死になって新しい物質(もの)を合成しています。

ここで触れて置きたいのは、有史以来われわれの祖先が如何に「天然の物(もの)に学んで来たか―言葉を換えると自然に学んで来たか―」を通して、人類の進歩に貢献したかを伝えたいのです。そして、その学んだことが現代化学の知識からしても如何に適切であったかと云うことを知っていただければと思います。

一例を染料にとって触れておきます。1500年もの昔の正倉院の御物に見られる布の染料に、紅花、サフランがあります。体験を通して発見したこれら染料の分子が染色に最適な構造を持っていることが解明されたのは、それから千数百年経た最近のことです。

染料はその一例です。ペニシリンも、天然痘ワクチンも、また日本が誇る研究、化学調味料の単離も自然から学んで生まれた物質(もの)です。

人間の得た知識を正しく次の世代に伝え、不思議に満ち満ちた自然にある物から学び、バランスの取れた地球を維持することに私は大きな期待をかけています。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

有機半導体・伝導体の新たな展開

New Developments in Organic Semiconductors and Conductors

日時
2007年11月12日(月)13:00~17:1010
場所
国立京都国際会館
企画
梶山 千里 [九州大学 総長(先端技術部門 審査委員会 委員長)] 関 一彦 [名古屋大学 大学院理学研究科 教授]
司会
関 一彦 [名古屋大学 大学院理学研究科 教授]
主催
財団法人 稲盛財団
後援
京都府 京都市 NHK
協賛
応用物理学会、高分子学会、炭素材料学会、電気学会、

プログラム

13:00
開会挨拶 榊 裕之 [豊田工業大学 副学長(先端技術部門 専門委員会 委員長)]
受賞者紹介 榊 裕之
受賞者講演 井口 洋夫 [先端技術部門 受賞者]
「有機半導体と60 年 -基礎科学から先端技術に-」
セッションI 座長: 城田 靖彦 [福井工業大学 工学部 教授]
講演A 原田 義也 [聖徳大学 人文学部 教授]
「有機半導体の光電子分光」
講演B 筒井 哲夫 [九州大学 先導物質化学研究所 教授]
「有機半導体デバイスの進展」
セッションII 座長: 石黒 武彦 [同志社大学 研究開発推進機構 専任フェロー]
講演C 齋藤 軍治 [京都大学 大学院理学研究科 教授]
「有機伝導体・超伝導体の世界」
講演D 吉村 進 [長崎総合科学大学 理事・人間環境学部 特任教授]
「有機電子材料の産業への貢献と波及効果」
まとめの辞 関 一彦 [名古屋大学 大学院理学研究科 教授]
「有機半導体・伝導体研究の将来展望」
17:10
閉会
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