1997年基礎科学部門生物科学(進化・行動・生態・環境)
ダニエル・ハント・ジャンセン 写真

ダニエル・ハント・ジャンセン
(Daniel Hunt Janzen)

  • アメリカ / 1939年1月18日
  • 熱帯生物学者
  • ペンシルヴァニア大学 教授

熱帯の生物多様性とその維持機構に関する先駆的研究

熱帯生物学の草分けとして、被食回避のための共生や生物多様性の成立要因としての捕食者仮説などを提出し、熱帯生態学の興隆に大きく寄与するとともに、専門知識を生かして熱帯における生物、あるいは環境の保全にも大いに活躍している。

プロフィール

略歴

1939年
アメリカ、ミルウォーキーに生まれる
1961年
ミネソタ大学卒業
1965年
博士号(昆虫学)取得、カリフォルニア大学バークレー校
1969年
シカゴ大学準教授
1972年
ミシガン大学教授
1972年
コスタリカ国立公園機構研究顧問
1978年
ペンシルヴァニア大学教授
1991年
コスタリカ国立生物多様性研究所(INBio)を設立

主な受賞と栄誉

1975年
グリーソン賞、アメリカ植物学会
1984年
クラフォード賞、スウェーデン王立アカデミー
1989年
ジョセフ・ライディメダル、フィラデルフィア科学アカデミー
1994年
シルバーメダル、国際生態化学協会
アメリカ芸術・科学アカデミー会員、アメリカ科学アカデミー会員、 コスタリカ国立公園機構名誉会員、コスタリカ大学名誉教授

主な論文・著書

1966年

Coevolution of mutualism between ants and acacias in Central America, Evolution, 1966.

1970年

Herbivores and the number of tree species in tropical forests,  American Naturalist, 1970.

1971年

Euglossine bees as long-distance pollinators of tropical plants, Science, 1971.

1973年

Sweep samples of tropical foliage insects: Effects of seasons, vegetation types, elevation, time of day and insularity, Ecology, 1973.

1974年

Tropical blackwater rivers, animals and mast fruiting by the Dipterocarpaceae, Biotropica, 1974.

1983年

(ed.) Costa Rican Natural History, Univ. of Chicago Press, 1983.

1991年

How to save tropical biodiversity? American Entomologist, 1991.

贈賞理由

熱帯の生物多様性とその維持機構に関する先駆的研究

ダニエル・ハント・ジャンセン博士は、主に中米コスタリカの熱帯林で研究を続け、熱帯生物学の興隆の基礎を築き、その重要性を学界に問い、興味溢れる学問分野の扉を開いた生物学者である。同時に、熱帯林についての該博な専門知識を生かして、その環境保全のための活動をおこなってきた。

近年、熱帯生物に関する研究成果は、熱帯域のいくつかの施設における集中的な調査によって集積され、熱帯林を構成する膨大な生物種の実態やそれらの相互関係が解明され、生態系の把握と進化についての考察が進められるようになったが、博士はそのパイオニアであり、最も積極的な推進者であった。

博士はアカシアとアリの被食防衛共生の実証や、熱帯の生物多様性成立要因としての捕食者仮説の提唱を通じて、1970年代の多種共存問題に大きな刺激を与え、熱帯生態学の発展を促した。またハチとランの共生系の研究や、植物が同時に開花結実するのは、種子食動物を飽食させて生き残りをはかるためだとする種子捕食回避説、熱帯の河川の水がどうして褐色になるのか、同種の樹木の近接することのない分布様式などの現象に、独自の仮説を提示して熱帯生物学を牽引してきた。

1980年代半ばからは、博士はコスタリカ太平洋岸のグアナカステの森と牧場跡地を国立公園化する事業を進め、熱帯の生物多様性存続の危機を訴えた。さらにリオデジャネイロでの「地球サミット」に先立つ1991年に、生物目録作成の「国立生物多様性研究所」(INBio)を設立させ、現地研究者や技術者を育成しつつ国内各方面から標本を集め、「生物多様性科学国際研究計画」(DIVERSITAS)を推進中である。

以上、博士の先駆的な研究と刺激的な論考、それに基づく活動は、生態学のみならず生物学の広域の発展に貢献するとともに、今日の環境問題にも寄与するところが非常に大きい。よって、ジャンセン博士に基礎科学部門の第13回京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

荒々しい自然を人間のものに-人の爪あとを吸い込む自然を作るには

本年度の京都賞基礎科学部門に選ばれましたことは、熱帯の野生生物保護に関する私たちの活動を評価していただいたということだと思います。私のみならず、妻のウイニー・ホールウォッチスを始めとする何百人もの生物学者、そして何十万もの熱帯の野生生物にとって、この受賞は大きな喜びです。ここに、稲盛博士、顧問の皆様に心より御礼申し上げます。本日の私の講演は、熱帯の野生生物の声を代弁するものと考えていただきたく思います。

さて、ヒト・ゲノムの中の一体どこに、235,000種の熱帯生物が安住出来る場所を見つけることが出来るでしょうか。結論を申しますと「庭」ということになります。まず、235,000という数字ですが、なぜこれほど大きな数字になるかと申しますと、それは、自然界における生物多様性と持続可能な生態系が、およそ235,000種の生物から成り立っているからです。もし、これらの種が人間の保護下に入らなければ、野生生物は過去1万年の間たどったのと同じ道、すなわち人間に搾取され続け、絶滅へと進むしかないのです。自然界の代弁者として、また、野生生物の弁護人として、私は野生生物にこういうしかありません。もし人間をうち負かすことが出来ないのなら、人間社会に所属してしまいなさい。

(先ほど私は、野生生物の安住の地をヒト・ゲノムの中に探す話をしました。ヒト・ゲノムとは端的に言えば、自己増殖と、そのための直接的な性行為、身を守るための住まいの確保、そして食糧の確保を目的としています。)では、私たち人間は何十万種もの生物を性行為の目的、すなわち人間社会の求愛行為の中に取り込むことが可能でしょうか。私は不可能だと思います。同様に、私たちが身を守るための住まいの確保に、これらの生物種やその活動を取り込むことも不可能です。ですから、残る一つ、食糧確保の領域でしか、生物多様性の安住の地は無いのです。人間は長い歴史の中で、家畜や栽培植物の世話をしてきましたから、食糧確保のために生物を育てることは、ヒトの遺伝子の中に深く根付いた行為だと思います。コンピュータに例えるなら、農業は(交換の出来るソフトウェアではなく、)配線によって固定されているハードウェアなのです。ですから、この永遠に続く農業行為、つまり「庭づくり」の中に野生生物を取り込むことによるしか、野生生物が人間と共存し、生き残る道は無いのです。

では、どうやって235,000種もの生物を「庭」に取り込めば良いのでしょうか。それには、荒々しい自然を今のままの状態で「庭」として認めること、人間が長い年月をかけて「庭」にしてきたように、荒々しい自然と接することです。次に問題となるのは、如何にして(自然界に)人の爪痕を残さないようにするかということです。もし、私たちが爪痕を消し去ることが出来ないなら、「庭」は破壊されるでしょう。一方で、もし爪痕を残すような人の進入を阻止すれば、そこはもう「庭」でなくなってしまいます。

答えは、自然を修復することです。

自然の修復は昔からある概念で、自然界ではいつも行われているものです。今日、自然の「庭」を持続的に利用しようと考えるなら、1カ所から多くの種類の収穫を得、様々な人に利用してもらい、そして種々の爪痕が残ることを理解しておかなければなりません。では、どの程度の収穫を期待して良いのでしょうか。それは、各「庭」がどの程度の爪痕を吸収出来るかによります。しかし、農業と自然界の「庭」との間には大きな違いがあることを知っておかなければなりません。自然界の「庭」は、永久に自然の「庭」でなければならず、そのためには人の爪痕を持続的に吸い込まなければならないのです。また、ここでいう、「爪痕を吸い込む」ということは、生物多様性の95%が生き残るために5%を諦めるということです。5%の犠牲はヒトのゲノムに適応するためのコストとして必要なもので、完全に爪痕を消し去ることは不可能です。

最後に、私はコスタリカに住み、そこで多くの「庭師」とともに生物学の研究をしています(ホームページ:http://www.acguanacaste.ac.cr)。しかし、本日は抽象的で幅広い概念についてお話ししました。大切なことは、自然界を永久に保全するという目的です。個々の行為は、特定の場所、時間、社会の内で起きるものですが、この目的は常に堅持しなければなりません。目的を忘れてしまえば、どんな(自然保護)条約や、協定、法律が出来ても成功することはないのです。

今日、コンピュータの発展によって知識の普及が容易になり、基礎科学の研究が進んでいる一方で、特定の知識を選択して秘匿するケースも増えています。現在生き残っている熱帯の野生生物に関しても、(科学による真理の探究と人間社会が持つ知識を秘匿しようとする傾向との)バランスがどちらに傾くか、注意する必要があります。科学と人間社会は自然界の「庭」に関して決して協調関係にあるとは言えません。最善のシナリオは科学と人間社会がパートナーシップを築くことですが、逆に最悪のシナリオとしては、一方が他方を駆逐してしまうことが考えられます。自然の世話をする「庭師」によって優しく踏まれる「庭」では両者のパートナーシップが可能かもしれません。今、自然界は、戦場における絶滅と同様の危機に瀕しているのです。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

生物多様性の保全-実践と理論-

Conservation of Biodiversity:Pratice and Theory

日時
1997年11月12日(水) 10:30~17:30
場所
国立京都国際会館
企画:
西田 利貞 [専門委員会委員]京都大学大学院理学研究科教授 故 井上 民二 元京都大学生態学研究センター教授
司会:
山村 則男 京都大学生態学研究センター教授

プログラム

10:30
開会
挨拶 稲盛 豊実 稲盛財団常務理事
挨拶 伊谷 純一郎 [審査委員会委員長]京都大学名誉教授
10:40
講演 湯本 貴和 京都大学生態学研究センター助教授
故 井上 民二
「東南アジア熱帯の一斉開花の送粉生態学」
11:00
講演 エドワード・アラン・ヘレ スミソニアン熱帯研究所研究員
「新世界区のイチジクとその共生者から学んだこと」
11:40
講演 箕口 秀夫 新潟大学農学部助手
「ブナ科の種子散布と種子捕食」
12:10
昼食
司会 湯本貴和
13:10
講演 丸橋 珠樹 武蔵大学人文学部教授
「森に生き森を創る霊長類と哺乳類」」
13:40
講演 山村 則男
「被食防衛の進化理論」
14:10
講演 加藤 真 京都大学大学院人間・環境研究科助教授
「島嶼における特異な生物相とその保全」
14:40
14:55
受賞者紹介 川那部 浩哉 [専門委員会委員長]滋賀県立琵琶湖博物館館長
15:05
記念講演 ダニエル・ハント・ジャンセン 基礎科学部門受賞者
「非破壊的利用による季節熱帯林保全のための芸術と科学 コスタリカの保全地域」
16:10
シンポジウム 「21世紀に多様な地球をいかにのこすか」
司会: 西田 利貞
パネリスト: ダニエル・ハント・ジャンセン、エドワード・アラン・ヘレ、湯本 貴和、箕口 秀夫、丸橋 珠樹、山村 則男、加藤 真
17:30
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