2008年思想・芸術部門思想・倫理
チャールズ・マーグレイヴ・テイラー 写真

チャールズ・マーグレイヴ・テイラー
(Charles Margrave Taylor)

  • カナダ / 1931年11月5日
  • 哲学者
  • マギル大学 名誉教授

多様な文化の共存をめざす社会哲学の構築

「全体論的個人主義」の立場から「共同体主義」と「多文化主義」を唱え、歴史・伝統・文化を異にする人間同士が、複合的アイデンティティを保持しつつ幸福に共存しうる社会哲学を構築し、人類社会の進むべき方向を自らの人生を通して示してきた。

プロフィール

略歴

1931年
カナダ モントリオール市生まれ
1952年
マギル大学 学士号(歴史学) オックスフォード大学ローズ奨学生
1955年
オックスフォード大学 学士号(哲学・政治学・経済学)
1956年
オックスフォード大学 オール・ソールズ・カレッジ・フェロー
アイザイア・バーリンに師事
1960年
オックスフォード大学 修士号
1961年
オックスフォード大学 博士号(哲学)
1961年
マギル大学 政治学部 助教授
1962年
モントリオール大学 哲学部 助教授
1972年
マギル大学 政治学部 教授
1974年
カリフォルニア大学バークレー校 ミルズ客員教授
1976年
オックスフォード大学 チチェリ社会政治理論教授
1984年
フランクフルト大学 ズーアカンプ講座を担当
1992年
スタンフォード大学 タナー講座を担当
1996年
フランクフルト大学 マクス・ホルクハイマー講座を担当
1998年
マギル大学 哲学部 名誉教授
2002年
ノースウェスタン大学 評議員・法学哲学教授

主な受賞と栄誉

1992年
レオン=ジェラン賞、カナダ ケベック州
1995年
カナダ勲章(コンパニオン)
2000年
ケベック国家勲章(グラントフィシエ)
2007年
テンプルトン賞、ジョン・テンプルトン財団
会員:
ブリティッシュ・アカデミー、カナダ王立協会、米国芸術科学アカデミー

主な著書

1975年

Hegel, Cambridge University Press, Cambridge, 1975.

1979年

Hegel and Modern Society, Cambridge University Press, Cambridge(『ヘーゲルと近代社会』 渡辺義雄訳 岩波書店 1981)

1989年

Sources of the Self: The Making of the Modern Identity, Harvard University Press, Cambridge, Mass., 1989.

1991年

The Ethics of Authenticity, Harvard University Press, Cambridge, Mass. (『〈ほんもの〉という倫理:近代とその不安』 田中智彦訳 産業図書 2004)

1992年

Multiculturalism, Amy Gutman et al., Princeton University Press, Princeton (エイミー・ガットマン編『マルチカルチュラリズム』 佐々木毅他訳 岩波書店 1996)

1998年

Catholic Modernity?, James L. Heft et al., Oxford University Press, New York, 1998.

2004年

Modern Social Imaginaries, Duke University Press, Durham, 2004.

2007年

A Secular Age, Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, Mass., 2007.

贈賞理由

多様な文化の共存をめざす社会哲学の構築

チャールズ・マーグレイヴ・テイラー博士は、「全体論的個人主義」の立場から、「共同体主義」と「多文化主義」を唱え、歴史・伝統・文化を異にする人間同士が、複合的アイデンティティを保持しつつ、幸福に共存しうる社会哲学を構築し、その実現に向けて努力してきた傑出した哲学者である。

博士は、原子論的な人間観や自然主義的な人間科学を批判し、現象学・解釈学や言語ゲーム論を基盤に「哲学的人間学」を立て、人間は価値と目的とをもって行動する「自己解釈する動物」と定義する。博士は、近代の功利主義哲学を批判し、人間は共同体のなかで他者との会話を通じてアイデンティティを確立し、善なること、価値あること、為すべきこと、賛同・反対することを自己決定する枠組みを獲得していく存在であり、社会関係に埋め込まれた自己だとする。

博士は、優れたヘーゲル研究を成し遂げ、ルソーやヘルダーの思想を掘り起こし、またガダマーの「地平の融合」や「影響作用史」の思想を導入することにより歴史的文脈のなかに自己の思想を位置づけ、説得力のある社会理論を構築した。重要なのは「承認」の概念であり、それをもとに、「独白的自己」に「対話的自己」を対置し、「絶対的自由」に代えて「状況内の自由」を提示する。そして、人間は他者からアイデンティティを承認されることによってのみ善く生きられること、個人の自律を重視するリベラリズムを実現する条件として、共同体の絆が重要であり、共同体意識が不可欠であることを主張するのである。

テイラー博士の「多文化主義」の基礎にも「承認」概念がある。博士は深い多様性を生きる人間の尊厳と、その承認の要求に正当な根拠を与えた。

博士はまた出身国カナダの政治にも関わりながら、グローバルな価値を追求し、欧米中心主義からの脱却も試みている。博士が一貫して志向してきたのは相互承認に基づく社会であり、各人が対話を通じてよりよき理解をめざす社会である。テイラー博士は、多様な異質の文化の承認に基づく共存に未来を託し、人類社会の進むべき方向を、自らの人生を通して示してきた、卓越した思想家である。

以上の理由によって、チャールズ・マーグレイヴ・テイラー博士に思想・芸術部門における第24回(2008)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

私に哲学の道を歩ませたもの

「人を哲学に駆り立てるもの、それは”thaumazein(タウマゼイン)”すなわち『世界に存在する驚き』である」とはアリストテレスの言葉ですが、ある意味でこれは正しいと言えます。最も大切な「哲学的」瞬間とは、普段は当たり前のこととして気に留めることすらしないような事象に感動し、驚愕させられる時です。

しかし、こうした「驚き」には「当惑」という別の側面があります。自分を当惑させるものに対して問いかけを始めると、何をどう問うべきなのか、そしてどうすれば答えにたどり着くことができるのかなど、分からないことがますます増えていきます。「驚き」は気分を高揚させますが、「当惑」は苦痛を伴うことがあります。この二つが一つになって、ある人をしてそれまでその存在にすら気づいていなかったような事象(他人が奇妙だと思うかもしれないこと)について深遠な問いかけをせしめるのです。

講演では、こうした「驚き」と「当惑」がいかにして私の人生に入り込み、現在の位置に私を導いたかをお話ししたいと思います。

私は、最初に歴史を研究しました。これは最善の道だったように思います。その後、政治によって人の生き様がどのように変容するか、という命題に関心を抱くようになり、政治に関わるようになりました。しかし私の中には「哲学的人間学」への関心が常に存在しており、言葉を操ることによって自分の考えを表現し、それによって自らを変えていくことのできる、この「人間」という存在についてずっと思索してきました。

学問の対象として歴史、そして政治の双方に接した私ですが、こうした学問の研究においては、私が抱いていた疑問は受け入れられず、しばしば排除されることに気づくようになりました。これは、史学や政治学では、人間の営みは単純でそうした問いかけなど入り込む余地のないものと捉えられているためです。私の研究生活の大半を、こうした単純で底が浅く、表層的な理解に異議を唱えることに捧げてきました。もう一つ、私の研究活動の原動力となったのは、実際に歩みを前に進めていくために同時代の政治課題をどう解釈すべきか、というより身近かつ実際的なものでした。

講演ではこうした話から始めて、これまで私が取り組んできた問題や、純粋の哲学というのではなく、(私の場合)社会や歴史の知識を包含したものという、私なりの哲学の理解について説明したいと考えています。また、(狭義かつ学問的な「哲学者」の定義に当てはまらない多くの思索家が実際に送っているような)「哲学的な」人生とは切り離すことのできない挫折、そして(時折訪れた)ブレークスルーの瞬間についてもお話ししたいと考えています。

【関連情報】
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ワークショップ

ワークショップ

A Secular Age とその後 ―近代化と世俗化―

A Secular Age and After —Secularization and Modernity—

日時
平成20 年11 月12 日(水)13:00~17:00
場所
国立京都国際会館
企画・司会
川勝 平太[静岡文化芸術大学 学長(思想・芸術部門 審査委員会 委員長)]
主催
財団法人 稲盛財団
後援
京都府 京都市 NHK
協賛
社会思想史学会、政治思想学会、日本哲学会

プログラム

13:00
開会挨拶 川勝 平太
受賞者紹介 川勝 平太
受賞者講演 チャールズ・マーグレイヴ・テイラー[思想・芸術部門 受賞者]
「世俗化理論の通説を問う」
休憩
パネル討論
司会 川勝 平太
パネリスト チャールズ・マーグレイヴ・テイラー
飯島 昇藏 [早稲田大学 政治経済学術院 学術院長・教授]
井上 達夫 [東京大学 大学院法学政治学研究科 教授]
田中 智彦 [東京医科歯科大学 教養部 准教授]
辻 康夫 [北海道大学 大学院法学研究科 教授]
中野 剛充 [千葉大学 大学院人文社会科学研究科 特任講師]
17:00
閉会
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