1988年基礎科学部門認知科学
アブラム・ノーム・チョムスキー  写真

アブラム・ノーム・チョムスキー
(Avram Noam Chomsky)

  • アメリカ / 1928年12月7日
  • 理論言語学者
  • マサチューセッツ工科大学 教授

生成文法の創始と認知科学の形成と発展への本質的貢献

「生成文法理論」を提唱して、言語学の革命的大転回を引き起こし、これを通じて人間の精神構造を解明するという野心的なプログラムを可能にした。これにより認知科学の成立を鼓舞し、その基盤を与えた。
[受賞当時の対象分野: 認知科学(広く認知にかかわる科学)]

プロフィール

略歴

1928年
ペンシルベニア州フィラデルフィアに生まれる
1951年
ペンシルベニア大学大学院卒業 修士号取得
1955年
ペンシルベニア大学 博士号取得
マサチューセッツ工科大学 助教授
1958年
マサチューセッツ工科大学 準教授
1961年
マサチューセッツ工科大学 教授、大学院・言語学科設立
1976年
マサチューセッツ工科大学 教授

主な受賞と栄誉

1967年
シカゴ大学、ロンドン大学 名誉教授号
1970年
ロヨラ大学、サースモア大学、バード大学名誉教授号
1972年
デリー大学(インド)名誉教授号
1984年
アメリカ心理学会功労賞
会員:
その他、英国心理学会名誉会員、多数のアカデミーの会員

主な論文・著書

1957年

『文法の構造』

1965年

『文法理論の諸相』

1975年

『言語論』

1980年

『ことばと認識』

1981年

『統率・束縛理論』

1986年

『言語の知識』

贈賞理由

生成文法の創始と認知科学の形成と発展への本質的貢献

アブラム・ノーム・チョムスキー博士は、「生成文法理論」を提唱して言語学の革命的大転回を引き起こしただけでなく、これを通じて人間の精神構造を解明するという野心的なプログラムを可能にした。認知科学は人間の心の働きを研究することを目指す学問で、心理学、情報科学、言語学、脳生理学、哲学などの諸学の学際的協力によって築かれるべき新しい学問である。チョムスキー博士の理論は認知科学に一つの基盤を与えたものである。

チョムスキー博士以前の言語学は、事実の記述と分類によって、それぞれの個別言語がもつ固有の構造を調べることが主で、すべての言語に通ずる普遍性などを考えるのはむしろ邪道であるとされていた。言語は外部からの経験を通じて獲得されるものであると考えられ、その奥にある本質的な規則は無視されていた。チョムスキー博士は、多くの言語の見かけ上の差異と多様性の奥に、人間の言語すべてに共通の一般原理があると考えた。これは人間の種としての本性に根ざすもので、人間すべてに共通する生得的なものである。この共通の言語法則を研究することにより、言語の構造はもとより、人間の心の働き、すなわち人間の備えている生得的普遍的な理性そのものの構造を理解できると考えた。

チョムスキー博士の「生成文法理論」の体系はこうした考えのもとに構築された。これは言語の根幹をなす構文統語規則を、文章を生成する仕組みについての規則の体系として動的に捉えるもので、新しい科学的な言語理論を創り出した。博士は一方では、この生成文法理論を記号体系に関する厳密な数学理論として定式化した。この理論はオートマトンの理論および数理言語学となって、情報科学、とくにコンピューターサイエンスの発展の基礎となった。まさに、基礎科学の名にふさわしい、厳密で重厚な体系をもっている。

チョムスキー博士の理論の影響するところは、単に言語学や情報科学にとどまるものではなかった。これは認知科学の成立を鼓舞し、そのための基盤を与えた。もとより哲学に与えた影響も大きく、現代の思想の一つになっている。

博士はマサチューセッツ工科大学の教授として現在も精力的に活動を続けている。自分の提唱した一般理論をさらに精密化して、共通の普遍構造と諸言語に現れる文法の違いを説明するための「パラメータ理論」を提唱するなど、自分が築き、学界の主流となったこの分野の第一線で今も活躍している。一方では、ヒューマニズムの立場から平和活動を実践する真摯な知識人としても知られている。多くの人材を育て上げる一方、厳しい学問的態度を現在も堅持している。

博士の築いた体系は20世紀の科学・思想の一大記念碑である。博士はまさに世紀の巨人の名にふさわしい学者と言えよう。

記念講演

記念講演要旨

言語と精神:挑戦と展望

20世紀における自然諸科学の統合へ向かっての印象的な歩みとともに、人間の思考と行動に関する研究が、次なる探究の最先端として考えられるようになってきており、そして、新しく、且つ刺激的な研究課題を提起している。認知科学は、行動及びその産物の研究から、行動、解釈、知識と理解の成長の基盤となっている心の内的仕組みに研究の焦点を移すことをもたらした。この「認知革命」は、いくつかの伝統的な問題を科学的研究の最先端へと運んできた。それはまた思考と行動の性質に関する古典的な考えのいくつかを、形式科学と自然科学の進歩により利用可能となった枠組みの中で再構成するという形で再登場させた。特にこれらの発展は、言語の性質、使用および獲得に関する生産的な研究を行うことを可能にしており、さらに、こうした研究によって明らかになった性質を持ち、且つ諸条件を満たす神経機能の研究への手がかりを与えるようになっている。そして結果として、科学的理解の更なる統合化に対する希望を与えている。

最近の研究は、心はモジュール的な性格を強く持っており、各心的能力は相互に作用しあうと共にそれぞれ独自の内部構造を持っていることを示唆している。人間の生物学的資質のひとつの要素である言語能力は、普遍的な原理によって基礎付けられている。

これらの原理は、人間の言語の基本構造を与えるものであって、許された範囲内での変化の選択を決定するのに十分なだけの断片的データに基づいて、知識と理解の豊かなシステムが発達することを可能にしている。この言語能力は、運動システム及び知覚システム、さらには同様の性質を持っていると思われる概念システムにも緊密に結び付けられている。

環境に合致しながら、「心の中で成長する」言語は、無限個の表現の構造を決定する生成的手続きであり、それによって思考を自由に表現することが可能になる。

最近の研究は、言語デザインはある意味で機能不全であるということを示唆している。すなわち、一方においては、エレガンスと簡潔性の条件を満足せねばならないし、又、一方では、言語の使用に関する難しい計算上の問題を生ずるものである。このような性質は、生物学的システムの領域内では一般的ではないと思われる言語に関する他の性質に関係しているのかも知れない。これらの性質はコミュニケーションを妨げるものではなく、又、進化論的生物学と矛盾するものではない。しかし、どうしても説明を要するものである。

言語能力は明らかにヒトという生物学的種に依存する属性である。それはヒトという種に共通のものであると共に体質的にヒトという種に固有のものであり、人間という存在の多くの側面に関して基本的なものである。そしてそれは研究のためには比較的近づきやすいものである。言語能力の細部にわたる構造は、言語に特有なものであるように見えるが、他方、知識、信念、判断、創造と言った他のシステムは、言語能力の秘密が少しずつ明らかになるにつれて解明され始めた一般的な性質のいくつかを共有しているのではないかと考えることも出来よう。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

認知革命ー言語からのアプローチ

Cognitive Revolution –Approach from Language

日時
1988年11月12日(土)13:00-17:00
場所
国立京都国際会館
司会:
井上 和子 神田外国語大学英米語学科教授

プログラム

13:00
開会の辞 甘利 俊一 基礎科学部門専門委員長、 東京大学工学部教授
挨拶 稲盛 和夫 稲盛財団理事長
挨拶 広中 平祐 基礎科学部門審査委員長、ハーバード大学教授
13:15
講演 アブラム・ノーム・チョムスキー 基礎科学部門受賞者
「派生と表示の経済性について」
14:15
講演 福井 直樹 慶應義塾大学法学部専任講師
「バリヤー理論についての一考察」
14:45
講演 長谷川 信子 松蔭女子学院大学文学部助教授
「原則とパラメーター理論における受動構文」
15:15
休憩
15:45
講演 大津 由紀夫 慶應義塾大学言語文化研究所助教授
16:15
講演 波多野 誼余夫 獨協大学教養学部教授
「多元的知識体系研究の必要性」
16:45
17:00
閉会
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