2004年基礎科学部門生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)
アルフレッド・ジョージ・クヌッドソンJr. 写真

アルフレッド・ジョージ・クヌッドソンJr.
(Alfred George Knudson, Jr.)

  • アメリカ / 1922年-2016年
  • 遺伝学者・医師
  • フォックス・チェイス癌センター 上級顧問

ヒト発癌機構における癌抑制遺伝子理論を確立した先駆的業績

癌の原因が明らかでなかった1970年代初頭に、小児癌の1つである網膜芽細胞腫の臨床的な観察を基に、統計的モデルを使って遺伝性の癌の発生機序を解析し、対立遺伝子の2回の変異が発癌に関わるという「2ヒット説」を提唱した。さらにこの現象の本質として、癌細胞の増殖を抑える癌抑制遺伝子の存在を予測し、その後の癌遺伝学研究の飛躍的発展に大きく貢献した。

プロフィール

略歴

1922年
カリフォルニア州ロサンゼルス市生まれ
1947年
コロンビア大学 医学博士
1956年
カリフォルニア工科大学 博士号(生化学・遺伝学)
1956年
シティ・オブ・ホープ医療センター 部局長
1966年
ニューヨーク州立大学 健康科学センター 準学部長
1969年
テキサス大学 教授
1976年
フォックス・チェイス癌センター 上級職員
(1980-1982年 所長、1992年- 特別研究員、上級顧問)
1976年
ペンシルベニア大学 医学部 小児科学・人類遺伝学 兼任教授

主な受賞と栄誉

1988年
チャールズ・S・モット賞、ジェネラル・モーターズ癌研究財団
1997年
ガードナー財団国際賞
1997年
招待講演、IBM-高松宮妃癌研究基金
1998年
アルバート・ラスカー賞 臨床医学部門
会員
米国科学アカデミー、米国哲学協会、米国芸術科学アカデミー

主な論文

1971年

Mutation and cancer: statistical study of retinoblastoma, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 68-4:820-823, 1971.

1973年

Mutation and human cancer, Adv. Cancer Res. 17:317-352, 1973.

1976年

Chromosomal deletion and retinoblastoma, New Engl. J. Med. 295:1120-1123 (with Meadows, A.T., Nichols, W.W. and Hill, R.), 1976.

1993年

Antioncogenes and human cancer, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90:10914-10921, 1993.

2000年

Chasing the cancer demon, Annu. Rev. Genet. 34:1-19, 2000.

2001年

Two genetic hits (more or less) to cancer, Nature Reviews 1:157-162, 2001.

2003年

Endogenous DNA double-strand breaks: Production, fidelity of repair, and induction of cancer, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100-22:12871-12876 (with Vilenchik, M.M.), 2003.

2003年

Cancer genetics through a personal retrospectroscope, Genes chromosomes & Cancer 38-4:288-291, 2003. (Knudson 80歳を記念した特集号).

贈賞理由

ヒト発癌機構における癌抑制遺伝子理論を確立した先駆的業績

クヌッドソン博士は、未だ癌の原因が明らかでなかった時期に、統計的モデルを用いて小児癌の1つである網膜芽細胞腫の発症機構の解析を進め、特定の遺伝子に2回の変異が起こると癌が発症するという「2ヒット説」を導き出し、このような遺伝子を「抗腫瘍遺伝子(anti-oncogene)」と命名した。これは現在、癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene)と呼ばれているものである。博士の「2ヒット説」は、その後の重要な癌抑制遺伝子の発見を導くとともに、癌遺伝学研究の飛躍的発展に大きく貢献した。

1970年代、発癌ウイルスや加齢に伴う発癌の研究から、優性の癌遺伝子の存在が予測されていたが、これらの説では遺伝性の癌や若年性の癌の原因は説明できなかった。遺伝学者であり医師でもあるクヌッドソン博士は、網膜芽細胞腫に着目し、家族歴のある遺伝性患者では生殖細胞において既に1回目のヒットすなわち変異を有しており、その後2回目のヒットが加わることで癌が発症し、一方、非遺伝性の患者では網膜芽細胞が2回ヒットを受けることで癌が発症することを統計的モデル解析によって導き出した。すなわち遺伝性癌も非遺伝性癌も2回の変異を受けた結果、癌が発症するという「2ヒット説」を1971年に提唱した。

博士はさらに、2回の変異が対立遺伝子上で起こることを予測し(1973年)、その遺伝子を「anti-oncogene」と呼ぶことを提唱した(1982年)。また博士は2回のヒットが、遺伝子の突然変異や欠損、組み換え等によって起こることを予測した。この変異機構は1983年に他の研究者によって立証され、さらに1986年には網膜芽細胞腫の原因遺伝子Rbが単離され、その後ウィルムス腎腫瘍や家族性乳癌などの原因遺伝子として多くの癌抑制遺伝子も単離、同定され、博士の「2ヒット説」は腫瘍化の基本機構を説明するものであることが立証された。

このように臨床医としての慧眼をもって2ヒット説というシンプルな原理を導き出し、複雑な発癌のメカニズムの解明に貢献した博士の業績は、今日の生命科学研究の中にあって、燦然とかがやく偉大な業績である。

以上の理由によって、アルフレッド・ジョージ・クヌッドソン Jr.博士に基礎科学部門における第20回(2004)京都賞を贈呈する。

記念講演

記念講演要旨

半生をふり返って

八十路を越えてなお元気でいられる上に、このたび研究活動、知識、理想主義を称える京都賞をいただいたことは、この上なく光栄です。

私の世代は大恐慌の後、第二次世界大戦のさなかに成人を迎えました。大恐慌は世界規模の悲劇であり、私の家族の運命も大きく変えました。当時三十代前半であった両親は、新居を手に入れ、二人の子供にも恵まれ、生活は希望に満ちていました。ところが一夜にして職も住まいも失ったのです。両親は落胆しましたが、気持ちを切り替え、家族四人の明るい未来に目を向けました。私と妹は分不相応な物を持たないということを学びましたし、さらに、私は世界の恵まれない人々への生涯にわたる関心と同情の念を持つようになりました。

幸運にも私と妹は学校にも親にも恵まれました。両親は薄給ながら私たちにはひもじい思いをさせませんでした。私と音楽の才能に恵まれた妹にとっては粗末な我が家でしたが、勤勉、学問、道義心の大切さをしっかり植えつけられました。私は芸術に関心を抱き、文学に触発されました。学校の先生からは、ユークリッド、メンデレーエフ、ニュートンといった科学者の業績を学びました。これがきっかけとなり、やがてカリフォルニア工科大学へ進学し、幸運にも遺伝学者として初のノーベル賞受賞者となったモーガンのもとで遺伝学を研究することができたのです。

大学進学時、第二次世界大戦が勃発し、すべての人が影響を受けました。当時アメリカ海軍に所属していた私は、幸運にも大学の医学部で学ぶ機会を与えられました。そこで遺伝学と発生学に魅せられた私は、ごく自然に小児科学に関心を持つようになりました。また、科学的研究を病気の治療に活用するという考えも大変興味深いものでした。大戦後も研修を続け、特に小児科学の分野の恩師からは多くのことを学びました。やがて、髄膜炎などの難病に苦しむ子供を救いたいという思いが何よりも強くなったのです。人種、宗教、社会的地位が治療行為の障害となることはありません。小児科の研修医だった頃、初めて癌に冒された子供達に出会いました。それ以来私にとって最大の関心は彼らのような子供たちの治療にあるのです。

【関連情報】
記念講演録(PDF)
ワークショップ

ワークショップ

Two-hit theoryと今日的課題

Two Genetic Hits to Cancer : Past, Present and Future

日時
2004年11月12日
場所
国立京都国際会館
企画・司会
武藤 誠 [(専門委員会 委員)京都大学 大学院医学研究科 教授]

プログラム

13:00
開会
挨拶 西川 伸一 [(専門委員会 委員長)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長]
受賞者紹介 武藤 誠
受賞者講演 アルフレッド・ジョージ・クヌッドソンJr.
「Lessons from Hereditary Cancer」
(家族性腫瘍の研究とその成果)
講演 樋野 興夫 [順天堂大学 医学部 教授 (財)癌研究会 癌研究所 実験病理部 部長]
「2ヒットの実証 ― 遺伝性腎がんモデル」
講演 武藤 誠
「家族性大腸腺腫症のマウスモデルを用いた、クヌッドソン “2ヒット説”の“第二ヒット”の解析:新しい分子機構と癌悪性化に及ぼす意義について」
講演 武田 俊一 [京都大学 大学院医学研究科 教授]
「逆遺伝学的手法を用いた、複製にリンクしたDNA修復機構の解析」
講演 鈴木 拓 [札幌医科大学 医学部 助手]
「エピジェネティックな異常とジェネティックな異常は協調してヒト大腸発癌を促進する:2ヒットの新たなメカニズム」
全体討論
17:30
閉会
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